第13話 俺と父さんは、やっぱり親子だ

「メルルさん、そんなところに潜らないで!!」


 テーブルの下から出てこようとしなメルルのスカートを引っ張ってみるも「恥ずかしいです」と小さく震えた声が聞こえるだけで、びくともしない。

 ああ、俺たちがこのログハウスに入った時、誰もいなかったのもそういうことか!

 

「……父さん、俺はメルルと一緒にお菓子を売る」

「メルルって……その、隠れている子、か?」

「メルルちゃんのお菓子、美味しいよ!」


 動揺を隠せない父さんに、グレースは笑っていう。


「そう。メルルの魔法のお菓子を皆に食べてもらう。そう約束したんだ!」

「約束って……ヘイゼル、魔女との契約はそう簡単なものじゃなくて」


 グレースをしっかり抱きしめ、父さんちらりとライラに視線を移した。まだ警戒しているんだろうな。

 ライラはいかにも魔女って感じの威圧感もあるし仕方ない。メルルがきちんと説明してくれたらいいんだけど、後ろから何やらぶつぶつ念仏を唱えるような声が聞こえてくるし、今はまだ無理そうだ。


「命など取って、なにになる?」


 父さんをどう説得するか考えていると、ライラが呆れたようにいった。それを聞いた父さんは眉間にしわを寄せて、ライラを見据えた。


「どうって……魔女はそういうものだと」

「ふんっ、それは一部のバカどもの話だ。命とは、限られた中で輝くから美しいのだ。人の命を食らって生き永らえるなど、滑稽でしかない」

「なら、ヘイゼルになにを求めたというのですか?」

「お前の息子に求めた代償は『願い』だ。心からの願い。それを私の弟子メルルが叶える。そういう契約だ」

「そんな都合のいい話があるものか! 金や持ち物置いていけっていう方が、まだわかる!」


 ああ、俺と父さんって親子なんだな。

 思わず顔を引きつらせると、ライラがぷっと小さく噴き出した。そうして、堪えきれないとばかりに大きな口で笑い出す。その姿を見て、父さんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。


「ひーっ、ひひっ、あんたら、本当に親子だね! ああ、お腹が痛いよ。ちょっとメルル、そんなところにいないで、水、水を頂戴よ!!」

 

 お腹を抱えて笑うライラは、今にも呼吸困難になりそうだ。笑いの沸点、おかしいだろう。父さんはドン引きしてるぞ。


「な、なにが可笑しいっていうんだ!」

「そりゃあ……星屑の魔女ライラ様を、親子そろって盗賊扱いしてくれたんだ。笑わずにはいられないだろう!」

「……は?」


 怪訝な顔をする父さんを見て、俺まで可笑しくなってきた。だって、きっとその怪訝な顔はさっきまでの俺と同じだろうから。

 思わず俺も噴き出して笑う。すると、グレースが父さんの眉間のシワを突いた。


「お父さん、お兄ちゃんと同じだね!」


 グレースの一言が止めとなり、俺は声を上げて笑った。


「なっ、ヘイゼル、なんでお前まで!?」

「だって、父さん……ごめん、なんか、もう、可笑しくて」


 緊迫した空気はどこへやら。

 俺とライラがげらげら笑っていると、父さんは深くため息をついて肩から力を抜き、テーブルの下に隠れていたライラが顔を出した。


 ふわりと紅茶の香りがした。

 目の前に、白磁のティーカップがすっと差し出された。


「あ、あの、紅茶を……」


 カップを差し出したのは、おどおどしたメルルだ。それを受け取り、一気に飲み干すと少しだけ興奮が和らいだ。ライラも同じようで、深く息をつく。


「父さん……勝手にメルルと契約したことは謝るよ。でも、心配しないで」


 カップをメルルに渡し、深く息を吸う。


「俺は、父さんと母さん、それにグレースを幸せにしたい。だから、メルルのお菓子を売る!」

「あ、あ、あの、その……ヘンゼルさんのお願いを、叶えさせて、ください……が、がんばり、ますので」


 もじもじしていたメルルは、ぶんっと勢いよく頭を下げた。すると、父さんは深いため息をつき、グレースを床に下ろした。


「順を追って、説明してくれるか?」


 落ち着いた声に安堵して「うん!」と答えれば、父さんは諦めたように笑った。

 グレースが父さんの手を引っ張り、テーブルへと連れていく。俺とメルル、ライラも椅子に座ってこれまでのことを、ちゃんと説明した。


「──経緯はわかった。だけどヘイゼル、村で、こんな豪華なケーキを売るのは難しいんじゃないか?」

「わかってるよ。だから、最初に売るのはクッキーにしようと思うんだ」

「それは、小麦があれば家で──」

「わかってるってば! そうじゃなくて……」


 次々に否定する父さんに苦笑し、俺はメルルに視線を向けた。


「メルルさんには、幸運度を上げるクッキーを作ってもらいたいんだ!」

「幸運度を上げる?」

「メルルさんのお菓子は美味しい。絶対、食べた人は幸せになる。そこに、特別な魔法を加えるんだよ! お金を払っても買いたいって、思わせるんだ!」


 ただのクッキーじゃない。それでいて高価でもなく、特別感を添えるだけでいいんだ。

 小さな幸運でいい。クッキーを食べたら四つ葉のクローバーを見つけたとか、空を見上げたら雲がハートの形していたとか、そんでも幸せになれる。そういう幸せを感じられるクッキーにする。


「小さな幸運が積み重なって噂になれば、きっと名前を覚えてもらえる。まずは、メルルさんのお菓子を覚えてもらう!」


 いつか、街でメルルのお菓子を売る。そのための宣伝から始める!

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