第11話 宝石のように輝くお菓子は幸せの味

 グレースがスコーンを喜んで食べていると、ジンジャーマンたちがテーブルにお菓子を集め始めた。そうしてセッティングされた景色は、圧巻としかいいようがない、完璧すぎるティーパーティーだった。


 小さなカップケーキの上にはふわふわのホイップクリーム。色とりどりの果物で飾られたケーキに、シュークリームのタワー。チョコレートの噴水まであるぞ。

 これは、転生前に行きたいと何度も思ったスイーツビュッフェの景色だ。男一人で行くのは勇気が必要だったんだよ。だから、一度も行けなかったのに……ああ、ここは天国だ!


 死んで良かった。なんて思ったらいけないんだろうけどさ。こうしてまたスイーツに出逢えるだなんて。嬉しく思わない訳がない。それも、今の俺はスイーツなんてそうそう食べられない貧乏人だぞ!


 目をキラキラさせながら、口をあけっぱなしにしていたグレースが「本物のケーキだ」と呟く。

 そりゃそうだ。俺には転生前の記憶があるけど、グレースにとっては小さなクッキーですらご褒美だ。こんなに豪華なスイーツは王侯貴族しか食べられないものだよな。


「お兄ちゃん、本物のケーキがいっぱいだね!」

「うん……凄いね」


 どれから食べよう。

 グレースと二人、輝くテーブルの上を眺めていると「遠慮するんじゃないよ」といって、ライラが取り皿にケーキをのせていく。


 取り分けられたカップケーキは、コンビニスイーツよりも上質だと、見た目で分かった。さらに、レーズンやベリーがつまったパウンドケーキと可愛いマカロンもさらに置かれ、口の中は興奮で大洪水だ。

 ごくりと唾を飲み込み、グレースと顔を見合わせる。


「「いただきます!」」


 声を揃え、ほぼ同時にカップケーキに嚙り付いた。

 とろける生クリームの優しい甘み。ただ砂糖を入れればいいっていう、乱暴な甘さじゃない。それに、この香りはなんだろう。バニラエッセンスじゃないぞ。ラム酒とも違う。花の香りみたいだ。

 俺の知らない香りがある!

 新しい出会いに思わず興奮し、パウンドケーキ、マカロン、次々に手を伸ばした。


 目で見ただけでも、あんなに感動したスイーツを口に入れたら、それとは次元の違う感動が沸き上がった。


 まるで花吹雪のようだ。目の前が幸せの色に染まっていく。懐かしさと幸福感が、干からびた身体を満たしていった。

 これだよ。俺が求めていたものは!

 口に広がる優しさを噛み締め、飲み込む。ただそれを無言で繰り返すだけで、心が熱くなっていく。


「お兄ちゃん……泣いてるの?」

「……へ?」


 間抜けが声が零れ、頬をつと落ちていった涙が顎を滴った。


「あ、あ、あの……変な味、しましたか?」


 おろおろとしたメルルはまた泣きそうになっている。

 本当にどうしようもない。こんなに美味しいのに、人を幸せにする味なのに。どうして自信を持たないんだ。

 濡れた頬をぐいぐいと汚れた袖で拭う。


「美味しい! 泣くほど美味しいものを食べたのは……初めてだ!」


 メルルの目からぽろぽろと涙が零れ落ち、口元が緩んでいく。


「俺は、メルルさんのお菓子をもっと他の人に食べて欲しい!」

「……ヘイゼルさん、わ、私……」

「メルルさんのお菓子は人を幸せにする味だよ! な、グレース!」


 シュークリームを頬張っていたグレースに同意を求めると、そのつぶらな瞳がしぱしぱと瞬かれた。そうして、チョコレートで汚れた口に笑みを浮かべて「うん、幸せ!」といった。


「だけど……これじゃ、村では売れない」


 果物が宝石のようにキラキラと輝くタルトに手を伸ばし、心苦しく思いながら、静かに告げた。


「メルルちゃんのお菓子、売れないの?」

「グレースは、お父さんがこれを買えると思う?」

「……無理」

「大きな街や貴族相手なら売れるかもしれない。でも、村では無理だ」


 俺たちの家だって、明日の小麦に困っているんだ。

 生クリームやバター、ハチミツ、砂糖、新鮮な果物──高価な食材をふんだんに使ったスイーツだ。村人にケーキに高い金を払う余裕なんてない。同じ金で明日のパンを買うに決まってる。


「あ、あの、安く売れば……」

「安かったら買う訳じゃないよ。そもそも、クッキー一枚の値段で豪華なケーキが売られたら、胡散臭くて人は寄ってこないよ」


 メルルの提案を即座に否定すると、しょんぼりとした顔をケーキに向けた。

 高級洋菓子店に並ぶケーキとコンビニスイーツが違うように、ちゃんと客層を見なくちゃ、売れるものも売れなくなる。

 メルルのお菓子を売る決意は変わらない。だけど、今すぐこの全てが売れる訳じゃないんだ。


 ティーカップに口をつけていたライラが「ふむ」と頷いた。


「街で売れば良かろう?」

「でも、街にはすでに有名店があるし、貴族にはお抱えの職人がいるに決まってる。知られていないお菓子を買うとは思えない」

「ほう……ずいぶん、大人びたことをいうの」


 ライラの目が細められ、はっとした。

 こんな貧乏な子どもが街や貴族の暮らしを知ってる訳ないじゃないか。いや、俺だってそういったのは転生前のラノベ知識というか、イメージにすぎないけど。

 どうする、どう誤魔化したらいい。いくら魔女だからって、転生なんて信じてくれないよな。そもそも、この世界に転生なんて概念あるのか!?

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