第10話 メルルのおかしな魔法とジンジャーマン

 紅茶の注がれたカップを口につけ、一口飲んだライラは「私がいうのもなんだが」といいながら、カップを受け皿に戻した。


「メルルは見事なへっぽこだが、潜在的な魔法センスはとんでもなく──」

「へっぽこって、なぁに?」


 なんの警戒心もないグレースは、平気でライラの言葉を遮り、彼女の膝に手をついて見上げた。すると、ライラは驚くほど優しい顔で微笑み、グレースを抱き上げて膝に座らせた。


「へっぽこっていうのは、頑張っているのに失敗ばかりってことだよ。愛すべきドジっ子ともいうな」

「メルルは頑張り屋さん?」

「ああ、そうさ! あたしの弟子の中でも一番の頑張り屋だ。しかし、どうにもへっぽこすぎてな」

「そ、そんなに、へっぽこって繰り返さないでください、師匠ぉ」


 顔を赤くするメルルだが、そういわれるのも慣れているのだろう。肩を落としながらも、さっきまでの泣きそうな顔よりかはマシな表情になった。


「へっぽこだから、仕方あるまい」


 笑ったライラが掌を上に向けると、ポンっと音がしてブラシが現れた。


「それにしても、二人とも貧相だね。こんな姿じゃ、お菓子を売れやしないよ?」

 

 文句をいいながら、ライラはブラシでグレースの髪を優しく梳きはじめる。

 最初は人食い魔女かと思ったけど、もしかして優しい魔女なのかな。口は少し悪いけど、グレースを見る目はどことなく優しくて、母さんに似ている。


「ガリガリじゃないかい。もっと食べなきゃダメだね!」

「……けど、俺たちの家は貧乏だから。明日食べるパンにだって困ってるんだ」

「パンを出してくれと願えば、よかったんじゃないのかい?」

「それじゃ、貧乏なままだ。俺は母さんたちにもっと美味しいものを食べて欲しい! 新しいエプロンだって買ってやりたい!」


 だから、どうにかして稼がないといけないんだ。

 ライラは「なるほどね」と呟くと、手に持っていたブラシを置いた。


「はい、出来たよ。うん、ちゃんと髪を結べば可愛いくなるね!」


 ふふっと笑うライラの手には、いつの間にか銀の手鏡が握られていた。磨かれた鏡面には、可愛いグレースの顔が映しだされる。


「リボンだ!」

「可愛いだろう? お嬢ちゃんにあげるよ」

「いいの?」

「ああ、いいとも。それに、ほら。お菓子も好きなだけ食べたらいい」

「食べていいの? また、だいしょうが必要?」


 きょとんとしたグレースは、髪に飾られた黄色いリボンを指で触りながら俺を見上げた。


「えっと、それは……」

「代償は充分もらったから必要ないよ。それに、新しいお菓子を作るなら、これらは不要になるだろう。だが破棄するのは、もったいない。なあ、メルル?」

「は、はい! みっ、皆で……食べてくれたら、私は、嬉しいです」


 もじもじするメルルに「しゃんとおし!」といって笑ったライラが指を振ると、今度は誰も触っていない白い椅子がガタガタと動いた。


「まあ、座って食べながら話そうじゃないか。メルルもお座り。お茶にしよう」


 ライラに促されて、俺たちは席についた。

 白磁の食器が並んで、カップは紅茶で満たされる。ジンジャーマンクッキーがテーブルを歩き、スコーンを運ぶ。槍を持った兵隊のようにバターナイフを担いで行進してくる。


 おかしなティーパーティーの始まりに、グレースが喜びの声を上げた。


「お兄ちゃん、ジンジャーマンが動いてる!」

「……これも魔法?」


 ちらりとメルルを見ると、もじもじしながら「はい」と呟いた。


「あ、あたし……お菓子を作るのと、ジンジャーマンを動かすくらいしか出来なくて。ジンジャーマンは、お菓子を作る手伝いをしてくれるんです」

「じゃあ、これはメルルさんが作ったクッキーなんだね」

「可愛いね、お兄ちゃん!」


 無邪気なグレースがジンジャーマンをつつくと、わたわたしたジンジャーマンたちはテーブルの上で右往左往始めた。まるで生きている、意思を持っているようだ。仕組みはわからないけど、魔法ってのはすごいんだな。


 ジンジャーマンに向かって、メルルはおろおろとしながら声をかけた。


「お、落ち着いて。この子たちは、えっと、その……お、お友だち、よ」


 手を組んで願うようにいうメルルがいえば、騒がしかったジンジャーマンたちはぴたりと動きを止めた。そうして、グレースの方にそろって向かう。


「メルルちゃんと、お友だち!」


 グレースが嬉しそうに笑うと、ジンジャーマンたちは揃って一礼する。俺の前にも移動してきて、もう一度ぺこり。

 クッキーとは思えない動きだ。


「魔法ってすごいな。どんな仕組みなの?」

「えっと……あたしの魔力を練り込んで焼いたの。だから、それを使い果たすと、ただのクッキーに戻っちゃうの」

「クッキー……あ、もしかしてカウンターにあったバスケットのジンジャーマンって!」


 ふと、思い出した。

 バスケットの中にあったジンジャーマンと、目の前で動くジンジャーマンを彩るアイシングはそっくりだ。


「魔法って凄いな……」

「ジンジャーマン、メルルちゃんが作ったの? 凄いね!」

「そ、そうかな……えへへっ……」

「そうだろ、凄いだろう! お嬢ちゃんはよくわかってるね。ほら、お食べよ」


 嬉しそうなライラは、スコーンを手で割ると赤いジャムをスプーンですくって垂らした。それを、グレースの皿にのせる。

 喜んだグレースは、口の周りを赤くしながら、夢中になってスコーンに嚙り付いた。

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