第7話 魔女メルルのお菓子は絶対、売れる!

 ひんひんと泣くエプロンドレス姿の魔女メルルが、俺たちと偉そうな魔女の間に割って入ってきた。勇ましい登場のようだけど、エプロンの端をぎゅっと握って震えている。


 師匠魔女の手がバンッとカウンターを叩き、お菓子の家の前にあったお菓子の人形がこてんっと倒れた。


「なにいってんだい、メルル! 子ども一人攫ってこれないで、どうやって、卒業課題をやるんだい!?」

「で、でも……やっぱり、こんなやり方は……」


 メルルがごにょごにょと言葉を濁らせた。

 どうにも、この魔女は圧が強いな。これはあれか、期待値が高すぎる教育ママってやつか。いや、そんなことは俺たちに関係ない。それより、今、聞き捨てならないことをいったよな。


「今、攫うっていわなかったか? やっぱり、人食い魔女だな!?」

「なんだい急に。星屑の魔女ライラ様を捕まえて、人食い魔女だなんて。別に取って食ったりしないよ」


 怪訝そうに眉をひそめた魔女ライラは眉を吊り上げて俺をじっと見た。


「人食い魔女じゃないっていうなら、なんで攫うんだよ!」

「考えてごらんよ。突然、町や村で声をかけて『願いを叶えましょう』っていって、誰が願いをいうっていうんだい。怪しさ満点だろう?」

「そりゃそうだけど……攫う必要ないだろう!?」

「なにいってんのさ。その方が簡単じゃないか。攫われて泣いてるところに助けるふりして声をかけりゃ、大概『お家に帰りたい』っていうじゃないか」


 そりゃそうだろう。だけど、願いを叶えるってそういうことなのか。

 魔女の試験っていうのがどんなもんか、俺にはわからない。でも、お膳立てしてやらないと乗り越えられないなら、やっぱり、メルルは魔女に向いてないってことじゃないか?


 ぐずぐずと泣いているメルルは唇を噛みしている。


 なんか、ムカついてきたぞ。

 ここで家に帰してくれって願ったら、たぶん、俺たちは家に帰れる。でも、本当にそれでいいのか?


 部屋に飾られているお菓子の山をぐるりと見渡した。

 これ、絶対に美味いよ。滑らかにつんっと立った生クリーム、飴細工の艶は宝石のようだし、可愛いマジパンにチョコレート菓子にクッキー、どれを取ってもクオリティが高い。──絶対に売れる!!


「俺はまだ食ってない」

「そういえばそうだったね。じゃあ、そっちのお嬢ちゃんの願いを聞こうかね」

「やめましょう、師匠! あ、あたしは、もう魔女を諦めます!」

「バカなことをいうんじゃないよ、メルル!!」

「だって、これ以上、師匠を困らせてまで、あたし……」


 ぐすぐすと泣き続けるメルルの言葉に引っ掛かった。

 もしかして、魔女になろうとしているのは、ライラへの恩を感じてってことか。そう考えた瞬間、両親の顔が思い浮かんだ。


 俺だって、父さんと母さんを困らせたくない。ちゃんと家に帰って安心させ、金を稼いで裕福な生活を……金を稼ぐ?


 再び部屋を見渡した。ここには、キラキラと輝いて「食べて」といってるスイーツがたくさんある。絶対に、売れるお菓子ばかりだ。

 なんだ、簡単なことじゃないか。俺の願いも、ライラとメルルの願いも叶える方法があるぞ!


 小さなお菓子の家が見えた。

 本当なら、中に入れるようなお菓子の家を食ってみたいところだけど、あれだって、ちゃんと美味しそうだ。


「ここが『ヘンゼルとグレーテル』の世界っていうなら、最初に食うのはアレだよな」


 口の中に、じゅわりと唾液が溢れた。懐かしい、コンビニスイーツの味が蘇ってくる。

 ライラの企みに乗ってやろうじゃないか。そうと決まれば、もう我慢はいらない!


 メルルの横をすり抜け、カウンターの上にあるお菓子の家に手を伸ばした。クッキーの屋根を引き剥がし、口に放り込む。


「な、なにしてるんですかぁ!?」

「ほう。観念したかい? さあ、願いをいいな!」


 悲鳴を上げるメルルの横で、ライラは楽しそうに笑い声を上げた。


 口の中でクッキーがサクサクと砕けていく。芳ばしい香りに、溶けるような舌触りだ。こんな優しいクッキーを、今まで食ったことがない。

 間違いない、これは売れる。こんな美味いお菓子を、世の中に広めない手はないだろう!


「……ごくっ……生憎だったな。俺の願いは、家族を貧乏から救うことだ。スイーツ店作って、村でバズらせる!」

「お兄ちゃん、スイーツ店って?」

「ケーキとかクッキー、甘いお菓子を売る店のことだよ」

「あたしも、ケーキ屋さんになりたい!」


 きょとんとして話を聞いていたグレースの顔がキラキラと輝いた。

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