第6話 お菓子を食べたら、魔女が「願いをいいな」と言い出した!?
グレースが捕まるなんてダメだ。考えろ、どうにかして二人で逃げ出すんだ!!
赤い唇をにっと吊り上げた美しい魔女は「帰すわけないでしょ」といい、その綺麗な爪でグレースの柔らかい頬を突いた。
「魔女のお菓子を食べたんだからね。その代償を払ってもらわなきゃね」
「だいしょうって? でも、ここにご自由にお食べ下さいって書いてあるよ?」
「自由に食べていいさ。だけど、食べたら代償を払わないといけない。ほら、よくご覧」
魔女の爪が、プレートの隅をつつく。そこには小さな文字で「代償は払って頂きます」と書かれていた。なにこれ、ぼったくりの店と同じ詐欺手法じゃん!?
「だ、だけど! 俺たちは金を持ってないから……そうだ、父さんに──」
「金はいらないさ。子どもがそんなもん持ってると思ってないよ。私の望む代償ってのは」
魔女がにやりと笑った。
金じゃない代償ってなんだよ。やっぱり、こいつは人食い魔女なのか。ここは『ヘンゼルとグレーテル』の世界なのか!?
魔女の姿が大きく膨らんだように見えた。その圧倒的な威圧感に、身体が震える。
このままじゃ、グレースが食われちまう。どうしよう。どうやってこの魔女の目を誤魔化して逃げ出せばいいんだ!?
俺が息を飲むと、魔女は高らかに言い放った。
「さあ、願いをいいな!!」
……は? 願い?
「なんだい、そのハトが豆鉄砲を食らったような顔は?」
「あ、いや……ちょっと待て、これってヘンゼルとグレーテルだろ? 願いを叶えようって、別の話じゃねぇ? 俺、金のランプ擦ってねぇんだけど!?」
「……訳の分かんないことをいう子だね」
綺麗な眉をひそめた魔女は、カウンターに肘をつくと、お菓子の家の前にあるマジパンを一つ摘まんだ。もしかして、それってグレーテルか? だとしたら、やっぱり魔女の目的は、俺たちを食うこと!?
「美味しかったかい、お嬢ちゃん?」
「すっごく美味しかった!!」
「じゃあ、お礼をしなくちゃいけないよね?」
「うん! ありがとうございました!!」
お礼って、きっとそういうことじゃないぞ、グレース!
丁寧に頭を下げるグレースを見て、再び汗が滲んだ。
「お礼ってのは口だけじゃ、すまない時があるんだよ。魔女のお菓子は特別だからね」
だから、代償を払うっていうのはまだ筋が通る。けど、それがどうして俺たちの願いをいうって話になるのか。
「代償が俺たちの願いって、意味がわかんねーっていってんの。金とか持ち物置いていけっていうなら、わかるけど!」
「魔女を盗賊と一緒にしないでおくれ」
俺が睨むのを、魔女は怪訝そうな顔で見ると、その艶々として指先で唇をなぞって「どうしたもんかね」と呟いた。
もしも人食い魔女なら、盗賊と変わらないじゃないか。絶対に、騙されないからな。俺は、グレースと家に帰るんだ。
「細かいことを気にしないで、さっさと願いをいいな。その願いは、あたしの弟子が叶えるからね」
「弟子!? 余計わかんねーよ! それのどこが、代償なんだよ」
話が全く通じない。
かといって、ここから走って逃げるなんていうのはきっと愚策だ。相手は魔女だぞ。魔法で俺やグレースを眠らせたり、痺れさせて動けなくするなんてお手のものだろうからな。
そうだ。今は、魔女から情報を引き出すことが最優先だ。
落ち着くんだ。この俺らに条件よすぎる代償ってのには、きっと裏がある。これ以上ムキになって飲まれるな。グレースを守れるのは俺だけだ。
飛び出したい気持ちを押し込め、魔女から視線を逸らさずにいると、深いため息が聞こえてきた。
「はー、子どもだから『お家に帰して~』とか泣きつくと思ったけど、とんだ計算違いだね」
魔女は摘まんでいたマジパンを口に放り込み、ガリっと音を立てた。白い喉がごくりと音を立てる。
食った。ああ、やっぱり人食い魔女なのか!?
再度ため息をついた魔女は、クッキーを摘まむと、それをじっと見つめた。
「あたしの弟子は、とんだへっぽこでね」
「……は?」
「お菓子作りの腕は誰にも負けやしないんだが、最終試験をいつまでたっても突破できずに独り立ちが出来ないんだよ」
突然、身の上話を始めた魔女は「困ったもんだよ」と呟いた。
魔女を見上げるグレースが「へっぽこ?」と不思議そうに首を傾げると、赤い唇から、またため息が零れる。
「そりゃもう、酷いへっぽこぶりさ。魔力は高いっていうのに、どうしてか失敗続きでね。この間なんてクッキーのジンジャーマンに幸福の魔法をかけたら、それを食べた村人がハイテンションで踊り出して大暴走したんだよ。それと、結婚式のお祝いケーキを作ったら、どうしてか空に打ち上がって大爆発さ」
想像するだけで、だいぶ酷い迷惑かけてるドジっ子魔女だな、その弟子とやらは。もうそれって魔女やめた方がよくないか?
菓子作りが上手いなら、それこそ菓子職人になった方がいいと思うんだけど。
「だけど、うちの子は頑張り屋でね。菓子ばかり作って暮らすんじゃなくて、立派な魔女にしてやりたいんだよ。あの子なら立派な魔女になれる筈。きっと成功体験が少ないだけさ!!」
いやいやいやいや、魔女やめた方が幸せだろう。お菓子作らせてやれよ。というか、過保護すぎじゃねぇか?
力説する魔女にドン引きながら、頭の中を整理した。
つまり、俺たちに「願いをいえ」っていったのは、その弟子に成功体験をさせるためで、協力することがお菓子の対価ってことか?
やっぱり、訳わからないぞ。
「さあ、願いをいいな! あたしの可愛いメルルが願いを叶えるよ!!」
魔女が声高らかに宣言したその時だった。奥に続くドアがバンッと開いた。
「師匠ぉ! こんな小さな子たちを巻き込んじゃダメです。また失敗したら大変ですよぉ」
赤髪のお団子頭をした女の子が、泣きながら飛び出してきた。エプロンドレス姿は、どう見てもメイドカフェで萌え萌えきゅうきゅんしてそうなんだが、もしかしなくても、この子が弟子の魔女なのか?
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