第25話・愛憎! 母娘ガチンコバトル⑤

 豪華絢爛な着物が、電磁ループに破られる。襦袢じゅばんだけになったお母さんが、崖下に落下していくスイハンジャーに手を伸ばす。

 柵越しに、手と手がガシッと結ばれた。ジカビ・レッドは柵の向こうで踏ん張れたが、残りの四人は崖の下へとぶらさがる。お母さんと、狭く不安定な足場のジカビ・レッドだけでは、引き上げられそうにない。


「俺たちは、大丈夫だ……。手を、離してくれ」

 お母さんは、手を離そうとしなかった。スイハンジャーの道連れになりながらも、歯を食いしばってかぶりを振った。

「娘が……私の娘が、誰ひとり見捨てないって……そう言ったの」

 お母さんが絞り出したその言葉に、私は胸を締めつけられた。気づけば私は駆け出して、お母さんと一緒にスイハンジャーを引き上げていた。展望台にふたり揃って転がると、スイハンジャーは空を舞い公園中央に着地した。


「スイハンジャー……ここは断崖絶壁でもないわ。急斜面を蹴り上げれば、済む話じゃないのかい」

 スイハンジャーの視線が、イエローに集中した。ぶら下がる羽目になった犯人は、わがままボディのフライ・イエローらしい。

「スミマセン。横浜、まだワカラナイ」

 そういえば、フライ・イエローは代替わりした。横浜に詳しくないから仕方ない……わけないわ! どこであろうと、足元が斜面か絶壁か、それで対処が変わるだろう! 修行が足りない、精進せいよ。


「すまなかった、ご婦人。そしてダークイン、ありがとう」

 ともに引き上げた私の名を聞き、お母さんが視線を振った。そしてハッとし、自身の目を疑った。

「姫乃……? とてつもない格好だけど、姫乃じゃないの?」

 うっ……。お母さんに見られた上に、ダークインのスーツをとてつもない、と言われた。確かにそうだけど、言い方があるじゃないのよ。


 違う違う、そうじゃない。問題はそこじゃない。私はスクッと立ち上がり、これ見よがしに高笑いをしてやった。

「あーっはっはっは! 誰だい? 姫乃ってのは。アタイの名前はダークイン、世界征服を目論む秘密結社センガインの幹部さ」

「姫乃? 姫乃なんでしょう? 不出来な親だったけど、お母さんにはわかるのよ?」

 お母さんの追いすがる目に、私は胸をかきむしられた。必死に耐えて、過去を振り払うように啖呵を切った。


「だから、アタイの名前はダークイン、そう言っているだろう? ああ嫌だ、興が冷めちまった。スイハンジャー、今日は引き分けだよ! いいね!?」

「ああ、正々堂々戦おう。しかしダークイン、はじめて会った赤レンガ倉庫を思い出すな」

 苦笑しながらジカビ・レッドが放った台詞に、私は耳まで赤くした。赤レンガ倉庫の屋根から落ちた私を、お姫様抱っこで救ったジカビ・レッド。

「ああもう! 身体の芯から熱くなる。変なことを思い出させないでおくれ! アンタたち、営業活動をしな!」


 バス停にいたラマーズは、電磁ループで拘束していた愚民どもにパンフレットを配りはじめた。もちろん秘密結社センガイン、定額らくらく支援プランの案内だ。

「郵送、メール、FAXでも。お気軽にご連絡ください、てなわけさ。はぁーっはっはっは!」

「引き分けならば、勧誘活動もやむを得ん。だが、次はスイハンジャーが勝利する。ダークイン、また来週日曜朝に会おう!」

 そう言い残して、スイハンジャーは港が見える丘公園を去っていく。私は血相を変えて、ラマーズにパンフレットを押しつけた。


「ダメだよ、アタイはスイハンジャーを追うんだ」


 港が見える丘公園から元町に通ずる谷戸坂を駆け下りていく。姫乃、姫乃、と繰り返し呼ぶお母さんの声は、すぐ消えた。さようなら、お母さん。黒石姫乃は、仙界に消えたんだよ──。

「あら、あんた。また撮影?」

 ゲゲッ! お惣菜屋さんの奥さん。どうして元町にいるのよ。

 旦那さんの軽バンが停まっているから、お誕生日パーティーのオードブルが評判で、販路が広がったと見た。美味しいもん、きっとそうだ。

「すみません、ちょっと急ぐので」


 元町に並行する中村川、男四人は渡って山下公園方面に。ボイル・ピンクひとりだけが左折、川沿いを走っていった。

 追うのはピンク、脳内ピンク女に決めた。ピンクの正体を暴いてくれる。

 いや、正体は見た。インドカレー屋で開かれた、新旧フライ・イエローの歓送迎会。そこに来たのは地味な看板娘、あれがピンクの正体だ。

 ところで、どこまで中村川沿いを上っていくの? このまま行ったら大岡川と合流して、横浜の守護神お三の宮か、途中で分岐して根岸に抜ける堀割川に至ってしまう。


 と、思ったそばから右折した。大衆演芸場の角を曲がって商店街へ。そのひとつに、ボイル・ピンクは入っていった。人目がないことを確かめてから、私は社章に触れてリクルートスーツに変身する。

 ボイル・ピンクが消えた建物まで歩いていって、ここで合っているのかと自分自身を疑った。

 すりガラスの引き戸、黒ずんだ食品サンプル、筆書きの看板。映画セットのような定食屋さん、これがボイル・ピンクの根城だった。

 ……えっ? 本当に?

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