風に吹かれて  (旧題:風と物と詩の物語)

@namakesaru

story1:

 私の耳は 貝の殻 海のひびきを なつかしむ

                 ― ジャン・コクトー


 そんな詩が頭に浮かんだ。

 岬のそばのお土産物を扱うお店に、たくさんの貝殻が置いてあった。


「さくら貝!懐かしい!」

 そんな独り言が聞こえたのだろう、店主のおじいさんが声をかけてくる。

「昔はここら辺りでもとれたんだけどね」

 そうだった、子どものころは海水浴に行ってさくら貝を集めたものだ。そこら辺の砂場にさくら貝に似た貝殻が混ざっていて、それを集めるのが砂遊びの定番だった。


 おじいさんが、巻貝を耳に当ててごらん、と勧めてくる。

 ピンク色の小ぶりな貝殻を手に取って耳に当てた。ああ、懐かしい。その音も動作も。さあっさあっと繰り返される柔らかい音。

 落とさないようにそっと置いて、もうひとつ、少し大きめの白い貝殻を耳に当てる。さっきのよりも低くはっきりした音。


「海の音ですね、こうして聞いたのは本当に久しぶりです。物によって音が違うところがまた良いですよね」

 感傷に浸っていたが、

「浅い海の貝と深い海の貝で音が違うでしょ?そこまで聞かないと」

 ちょっと苦笑いが出たけれど、確かに。

 小ぶりのは浅い海、大きいのは深い海の貝なのだろう。それぞれを、もういちど耳に当てる。その音は、優しい気持ちを運んでくる。


 おじいさんにお礼を言って店を出る。

 この道を下れば、すぐに小さな港がある。おじいさんは、昔は漁師さんだったのだろうか、それとも代々土産物を営んでいるのか。おじいさんの過去に思いを巡らしながら、自分の老い先を思う。


 やさしい風が吹く。波は静かに繰り返す。柔らかな光と過ごしやすい空気。

 ゆっくりと港をめぐり防波堤の上を歩いてみる。海を覗いて水の透明度に驚く。ほかには何も考えることのない穏やかな時間。

 ふと顔を上げると、岩場が見えた。スニーカーできて良かった、と喜びながら石の浜の先の岩場へ向かう。岩は、誘うように少しの隙間をあけて、高かったり低かったりしながら並んでいる。


 ふふ、まだ大丈夫でしょ。

 こちらの岩からあちらの岩へ、動きそうにないところを選んで足を掛ける。少しずつ岸を離れる方に進んでいく。もう一つ先に行きたいな、そう思いながら、潮が満ちてきていることや一人で来ていることを考えて、やめておく。


 さっきより少しだけ風が強くなった。

 次は、もっとお転婆しても良いように誰かと一緒に来ようかな。すっかり童心にかえったけれど、はたと気が付く。ひとりだったからこの詩的な時間を持てた、ということ。


 どうしよう、悩ましい。

 こんな物思いをすることが、幸せというものなのだろう。



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