第28話



「そういえば昼食の時間皆で話していた将来についてだけど、海斗は本当にやりたい事とか何もないの」

「そうですね、今のところは特に考えてないです」

「海斗教えるの上手いから、教師とか向いてるんじゃないかなって思ってたんだけどな。美波に勉強教えてあげてる時近くで聞いてたけれど、凄く分かりやすかったよ」

僕はつい苦笑いをする。

「あれは偶々授業でやったばかりだったので、教える事が出来ただけですよ。僕大勢の前で何かをやるって事が苦手なので、教師なんて向いてないです」

そう僕には向いている訳がないのだ。

だけど倫太郎は違う。人をまとめ上げる力があり、頼りになる。

「倫太郎さん、以前話していた教師になりたいって夢は諦めてしまったんですか」

少しの沈黙の後、倫太郎は笑った。

でもその顔は、笑ってはいるがどこか悲しそうであった。

「教師になりたいってのは正直今でも思ってるよ。だけど大学院までの学費を用意する事がどうしても厳しくてね。今はどうにか奨学金とバイトの掛け持ちでやっていけてはいるけれど、これ以上は限界があると思ってる。だから就職の道を選んだんだ」

「両親に相談してみるのはどうですか。力を貸してくれるかもしれませんよ」

「海斗に言ってなかったんだけどね、実は俺にはもう一人兄弟ができていたみたいなんだ。少し前にその話を親父から聞いたんだけど、二人目が生まれたのは半年も前の事だったらしい。その時俺は改めて、家族の中に入れて貰えていないんだなって思い知らされたよ。もしかしたら俺は存在してる事さえ、あの人らにはどうでもいいのかもしれないね。そう思ったらもう何も考えられなくなってさ」

倫太郎の家族の事は以前から聞いていたが、正直ここまでとは思っていなかった。

彼が何故この様に悲しまなくてはならないのか。

僕は倫太郎の両親には会った事はないが、軽蔑せざるを得ない。

「ごめんね、嫌な話を聞かせて。俺の事は本当に心配しないで。せっかく採用して貰えたんだから来年からは精一杯頑張ろうと思ってるよ」

「いいえ、倫太郎さんが謝る事じゃないです」

部屋の中が静まり返る。

沈んでしまった空気を変えるように、倫太郎が「そういえば」と言った。

「この前おすすめした小説はどうだった」

「丁度少し前に読み終わったんです。別荘に来てからその話をしようと思っててすっかり忘れていました。犯人の視点で物語が進んでいくのが臨場感があって面白かったです」

「そこ良かったよね。いけない事なんだろうけど読んでいる途中で犯人の事応援してたよ。

早く隠してとか、上手く答えてとか思ってたなあ」

小説の話に夢中になっていると、部屋にノック音が響く。

扉を開けると、のり子と美波が立っていた。

「食堂で紅茶をご用意しようと思っているのですが、お二人はいかがなさいますか」

「部屋までわざわざすみません、是非用意して貰えると嬉しいです。海斗も飲むよね」

倫太郎の問いに僕は頷く。

「ではお二人分用意致します」

「確か海斗ってアレルギーとか無かったよね」

「僕は無いけど、どうかしたの」

「のり子さんと一緒にパウンドケーキを焼いたの。あと十分くらいしたら出来上がるから時間になったら食堂にきてね。倫太郎さんも大丈夫ですよね」

「大丈夫だよありがとう。パウンドケーキか楽しみだな」

二人が去った後、僕達はパウンドケーキが焼き上がるまで時間もある為、先程の小説の話の続きをし始める。

「主人公は自分が殺人を実行したと思っていたけれど、本当は真犯人がいてその人が殺人を犯していたってのも良かったよね。こういう話の小説は珍しくはないけれど、一般的な推理小説とは違う面白さがあって俺は好きだったな」

推理小説の事となると倫太郎はいつも楽しそうだ。

彼には笑っていて欲しいと思う。

「倫太郎さんって本当に推理小説が好きなんですね」

「海斗だってそうだろう。まあ確かに空いている時間は基本小説を読んでいるかな。自分も探偵になって物語の主人公と一緒に事件を解いていくんだ。犯人が当てられたら名探偵になった気分になれる。犯人を見つけられなかったとしたら、作者のほうが一枚上手だったと尊敬の念を抱く。自分で言うのもなんだけど独特な楽しみ方してるよね」

「その気持ち分かります、僕も自分が探偵になったつもりで読んでます。でも僕は犯人を当てられた事は殆どないですけど」

「そんな事ないさ、俺が思うに海斗は犯人を見つける事は出来ていると思うんだ。でもその人が犯人じゃなかったらいいなって思いがあって、自分自身で真相を見ないようにしてる。そんな気がするよ」

確かに犯人が主人公の家族だったり、大切な人だったりする小説の犯人は毎回外している気がする。

この人ではなければ良いのにと、どうしても思ってしまうのだ。

しかし、真実は残酷である。

それでも小説の中の探偵達は真相を捻じ曲げたりしない。

どんなに受け入れ難い真実だったとしても、真相を明るみにして事件を解決に導く。

強い信念を持っていなければ出来ない事だ。

そんな事を考えていると、僕の眉間に倫太郎の親指が触れる。

「眉間に皺が寄っているよ。そんなに深く考えないで大丈夫、海斗は今のままで良いんだ。

その優しさが海斗の良いところなんだよ。誰だって見たくない事や信じたくない事はあるさ。何ら可笑しくない、至って普通の感情だよ」

そう溢した倫太郎は、グリグリと親指に力を込める。

「痛いですよ、痣になったらどうしてくれるんですか」

「そんな痣になる程の力入れてないでしょ」

倫太郎が親指を離したので、僕は反射的に両手で眉間の辺りに触れる。

結構痛かったぞ。

「海斗は昔から変わらないな」

倫太郎は口を大きく開けて笑った。

「昔って言っても、まだ出会ってから一年と少ししか経ってないじゃないですか。確かに一緒にいる時間は多かったですけど」 

僕の言葉に倫太郎は先程口を大きく開けていた時とは違う、優しい笑みを浮かべる。

今の倫太郎はどこか懐かしさを感じさせた。

あれ、僕は以前にもこの優しい笑みに出会っていた気がする。

この一年間の話では無い、もっともっと昔の話だ。

一体いつ出会ったのだろうか。

「こんな事聞くのは可笑しいかもしれないですけど、僕と倫太郎さんって昔どこかで会った事がありますか」

倫太郎は僕の問いに少し驚ろいた表情を見せ、その後泣き出しそうな表情になった。

普段は見せないような彼のその表情に僕は戸惑ってしまう。


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