幕間2 5月は忙しくなるね

「ふぅー。……よーし! 皆ー、そろそろ帰る準備しよっか!」

 わくぷろ部の部室で作業をしていた部長が、部員らにそう話しかけた。皆、その言葉に各々腕を伸ばしたり、背中を仰け反らせたり、欠伸をしたりして帰り支度を始める。

 キャラデザも決まり、モデリング作業に入ったわくぷろ部は、早速その作業に取り掛かっていた。明日からゴールデンウィークに入るため取っ掛かりの部分だけでもと、下校時刻を過ぎても、先生の許可をもらい、約束した時間まで作業をしていたのだ。

「明日からゴールデンウィークだー。その間どうするー?」

「俺は、休み中も時折進めときます。成る丈早く配信したいだろうし、彼女達の配信早く見てみたいので」

「アカウントを作らないとだし、ティザームービーも作らないとだし、宣伝作業は……夜更かしちゃんに任せるとしてさ、実際の配信はいつになるのかねー」

「まぁ、5月の半ば過ぎにできたらって感じじゃない?」

 部長がそう言う。初配信の大体の目途はもう立っているようだ。

「……あいつらの配信環境は大丈夫なんですか?」

「それなら大丈夫だよ~。恋ちゃんだけPC持ってなかったようだけど、お兄さんに事情を話したら、PCを貸してくれるみたいで問題なくなったって」

「恋のお兄さん、いい人だ」 

「流石の私達でも、PCは作れないもんね。私も、お休み中に出来るとこは進めておくから、皆も出来たらそうしてくれると嬉しいな~」

「……ま、読むラノベが無いときにでも進めておきますよ」

「はーい、夜更かしちゃーん。起床の時間だよー」

 げしげし。

「ん゙ん゙ーーーー??」

 かげちゃんは、部室の奥に置かれているソファを蹴って、その上で眠っている夜更かしちゃんを少し手荒に揺り起こす。この起こし方は、いつものことだ。

 ラベンダーグレージュ色の髪を低めの位置でツインテールに編み込んでいる夜更かしちゃんは目を覚ました後、めちゃくちゃ汚い欠伸をした。不意に、妙な臭いがかげちゃんの鼻を突く。

「……夜更かしちゃん、最後に風呂はいったのいつ?」

「……にしゅうかんまぇくらぃ」

 かげちゃんの質問に、夜更かしちゃんは舌足らずでそう答えた。遠くから見たらそう見えないかもしれないが、近くから見た彼女の髪はかなり汚れている。手入れさえしていればきれいな髪なのに、もったいない。

「どうりで臭いにおいが漂ってきたわけだー」

「失礼だよぉ。かげ先輩」

「いやー、失礼なのは間違いなく、夜更かしちゃんの方なんだけどなー」

「うぅー……みんな帰るん? 部活終わり?」

 寝ぼけ眼を擦り擦りしていた夜更かしちゃんは、揺り起こしたかげちゃんにそう聞いた。この部が夜更かしちゃんを起こす時は、部員が帰宅する時だけなのだが、もしかしたら夜更かしちゃんはまだその事に気付いていないのかもしれない。

 気配を消してそーっと帰ろうとしていたえるおたくんに、夜更かしちゃんが気付く。

「あ、おいえるおたー。おぶってー、おぶってー」

 メドゥーサと直面してしまった様に、えるおたくんはぴたっと動きを止めた。その背中を、ぎゃるおたくんがどんまいとポンッと軽く叩く。

 かげちゃんは、何か思い付いたように悪戯な笑みを浮かべて、

「夜更かしちゃーん、君は気付いてないみたいだけどさ、……実は、えるおたくんは、夜更かしちゃんをおぶるのを毎日毎日心待ちにしてるんだぜー」

「え、そうなの?」

「いや、そんなことは決してないが!?」

「なぜならねー、くくくく。合法的に君のお尻に手を添えることが出来るからなんだよー! そうでしょー、えるおたくん?」

「うわぁ、まじぃ? きもいー! えるおた超きもすぎー。最悪ー、……あー、これからは自分で歩かなきゃいけないなんて最悪なんだけどぉ……」

「そっちー!? ていうか、人間は自分で歩くのが普通なんだけどー」

 えるおたくんは、夜更かしちゃんには絶対に敵わないのだが、そこにかげちゃんが混ざると、もうえるおたくんに人権などというものは存在しなかった。ぎゃるおたくんは、その様子をくくくと笑いながら見ている。

 1年ちゃんがふわぁーと欠伸をした。部長さんはそれに気付き、

「皆ー、もう時間過ぎたから帰るよ。早く部室から出てってー!」

「わぁー、まじか。じゃー帰ろうかねー」

 そうして、続々と部員達は部室を後にしていく。

「1年ちゃん、疲れて早く帰りたかったのにごめんね」

「別に……ありがとうございます。部長」

 部長は、疲れていた1年ちゃんを気遣って部員に帰りを促していた。

 今日も、いつも通りのわくぷろ部の光景が繰り広げられていた。

 夜更かしちゃんも、仕方ない自分の足で歩くかぁと重い腰を上げてソファから立ち上がった。欠伸をしながら覚束ない足取りで部室を出ていこうとする彼女の目に、PCモニタが留まる。

「あれ? ……あぁ、作り始めたんだぁ」

 彼女は、じっと興味深くPCモニタに映っている作業途中のVTuberを見つめている。そして、夜更かしちゃんは、

「これが、私のVTuber……」

 と、自分のVTuberに目をきらきらさせて、そう言った。

「いやいや、違うでしょ、夜更かしちゃん。VTuber部の子達のだよー。てか、なんでさも君自身のVTuberと初めて対面したみたいに目を輝かせてるのさー」

「えぇ、なんかそういう気持ち味わってみたかったからぁ」

「つーか夜更かしちゃんさ、やろうと思えば出来るんじゃないの?」

「うん、そーだけど、個人でやるのと部活でやるのとは違うんだよ。いーなー、こういうの。わくぷろ部辞めて、私もVTuber部員になろっかなぁー」

「夜更かしちゃんは、VTuber部でも絶対迷惑かけるだけだから、大人しくわくぷろ部員でいよーね。てかー、VTuber部はわくぷろ所属なんだけどさ。ほらほら、帰るよー」

 そうかげちゃんに促され、夜更かしちゃんは覚束ない足取りで部室から出た。

 学園を出た一同は、縦に並んで帰途へと就く。


 先ほど、最悪ーと言っていたにも関わらず、夜更かしちゃんはえるおたくんの背中にひっついている。

 その横でかげちゃんが、今、えるおたくんの手が夜更かしちゃんのお尻を狙っていたぞーとからかっている。

 夜更かしちゃんは、

「えるおたー、私のお尻触ったら、あんたが写真部からエルフコスプレイヤーのエロい写真をこっそり購入してるの、あんたのおばさんに話すかんねー!」

「いやまじ、誓って触らないから! 触る気もないから! だから母親に報告するのはやめてくれ……!」

「……お前って、二次元のエルフにしか興味ないんじゃないの?」

「そうだ! 俺は、二次元のエルフ達にしか興味が……」

「いや、違うんだよ、ぎゃるおたぁ。中学の時の修学旅行で京都に行った時さ、外国人観光客のブロンド女を見たときのこいつの目、まぁじでやばかったから! 私、それから暫くこいつのこと避けてたからね」

「……まじかよ、お前」

「そんなことはない! 誤解だ! 俺は二次元のエルフにしか、エルフにしか……!!」

「えるおたくん、君は日本に産まれてよかったねー。海外に産まれてたら、一生檻の中で過ごす事になってたかもしれないねー、きししし」

「俺は、女性を傷つける行いは、ぜってーしないっすよ……!」

 その後ろで、和菓子ちゃんがきんつばを頂きながら、

「興味ないアピールは、逆に興味あるあるってことなんだよ」

「あぁ、なるほど。すごく分かります」

 1年ちゃんが、その言葉にとても共感した。

 それらの光景を最後尾で、部長が微笑ましく見ていた。

 騒がしく――主に3名が――しながら帰っていた一同は、信号の赤で足を止める。

「5月は忙しくなるね」

 ふと、部長がそう言った。その言葉に、騒がしくしていた部員達も大人しくなる。

 モデリングやティザームービーもそうだけど、なんと言ってもVTuber部の初配信が控えているのだ。一体、彼女らはどんな配信を見せてくれるのか。部員全員が楽しみにしていた。

「しょーがないなー。ゴールデンウィーク中も時折頑張っちゃおうかなー」

「手が空いたときに頑張る」

「俺は最初からやるつもりだったし」

「……僕もそう言ったけど」

「読むラノベがなくなった時に、だろ?」

「ちょうどいい勉強になるので、休みでも進めますよ」

「なんか、休み明けには大体完成しちゃいそうな感じだね~。くれぐれも無理はしちゃ駄目だよ?」

「あ、そだー。夜更かしちゃん、初配信前には彼女らの宣伝よろしくね。お願いだよー?」

「大丈夫ー。任せといてー」

 信号が青に変わり、部員達はまた歩き出した。暫くして、和菓子ちゃんとぎゃるおたくんと1年ちゃんが『それではー』と別の路へと入った。次に、部長とかげちゃんが『じゃーね!』と途中の狭い路地へと入った。

 最後に、えるおたくんは自分の家の前を通り過ぎ、少し先にある夜更かしちゃんの家までわざわざ彼女を届け、無事配送を完了させると、やれやれと自分の家へと帰っていった。

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