「少し違う私達……」

 かげちゃんはそう言った。

「ま、とりあえず見てなってー」

 かげちゃんはそう言い、私達が提出したノートを出した。そして、私そのままのVTuberが描かれたページを開く。

「例えば、この顔を少しかっこよくして、目を少しギラつかせて、髪は今より短めに、薄めの口紅を塗って……」

 そう言って、そのままの私の隣に私を描いていく。

「で、制服の色を変えて、その上に黒のジャケットを羽織らせて、そこに何かが顔を覗かせているポシェットを掛けるだけでもー……、ほら!」

 そうして描かれたかげちゃん作の私のVTuberは、確かに私だけど私とは少し違う私だった。この私は、何かのゲームやアニメ上のキャラに見える。

「どう? この姿で活動は嫌ー?」

「ううん。かげちゃん、私、この子で活動してみたいよ!」

 この私とは少し違う私は、私よりかっこよくて、この世界にいそうで絶対にいない別世界の人間の趣を出している。ポシェットから顔を覗かせている非現実なペットの存在も、それをプラスしている。

 この子はどんな日常生活を送っているのだろうか、どんな思いで生きているのだろうか。この子に対する興味が湧き上がってくる。この子のことをもっと知りたい!

 この子に感じるわくわく感と、別世界から来たような容姿と好奇心。私がVTuberに感じるものと同じものを、この子も持っている。

「このやり方なら、絶対君らも満足の行くVTuberをデザインすることが出来ちゃうんだ。じゃー、とりあえず顔から作っちゃおっかー」

「顔から?」

「そう。もう素体ボディを完成させちゃおう。服は後で作ってもなんとかなるから」

「とりあえず最初は制服でね。もちろん、そのままじゃなくて、私達がアレンジするから」

「まぁ、まずはとっとと迷路を脱出しちゃおうぜーってこと」

 部長とかげちゃんは私達にそう話して、まずはVTuber私たちの顔のデザインを描き始めた。

「君達はねー、それぞれの色をポイントにしていこうか」

「それぞれの色?」

「うん。結依ちゃんはピンク、あかりちゃんはゴールド、恋ちゃんならブルーを」

「君達の髪色をテーマカラーにするのさ。そうは言っても、どこにも同じピンク色を入れるわけじゃないよー? 同じピンクでも明るくしたり、逆に暗くしたら色味が変わるだろー?」

「そう、ピンクでもあまりに強めの色だけだと、結依ちゃん変になっちゃうもんね。所々にポイントとしておくなら映えるけど……」

「ゴールドやブルーも同じなんだよ。自分の顔が金ぴかなんて嫌でしょー?」

「それは嫌だな……」

 あかりの顔が金ぴかに輝いていたら……、確かに嫌だ。

「そんな感じで、色を調整しながら付けていくんだ。じゃーとりあえず、まぶたにそれぞれの色を付けて、アイラインにも入れてー、頬にも気持ち程度にー……」

 かげちゃんは、VTuber私たちにそれぞれの色を薄く付けていく。時折濃い目のそれぞれの色をVTuber私たちに入れて、映えさせていく。最後に、唇にもそれぞれ合う様に色を付けて、

「よいしょ。どうかな?」

 かげちゃんによってデザインされたVTuber私たちの顔は、制服と相まってかわいい系の女子高生になっていた。あかりさえもきゃぴきゃぴな感じの女子になっており、なんかこのVTuber私たちは、ディズニーではしゃぐ女子高生感がある。

「じゃ、次は髪だねー。髪色も君たちの色をベースに、ところどころ濃い目にして、……ほいっと」

「髪型は、結依ちゃんはふんわりと、あかりちゃんはピンでヘアアレンジして、恋ちゃんは……思い切って今より長くしちゃお」

「いいねー。あかりちゃんのピンはマイクやギター型で……、どんなヘアピンなんだよって感じだけどー」

「あはははは! 確かに~」

 部長とかげちゃんの2人が、VTuber私たちを作っていく。あかりと恋は黙ってそばで見ている。私も、言おうとした言葉を胸の奥にしまって2人の作業をただただ見ていた。

「目は、結依ちゃんのはぱっちりに、あかりちゃんはするどく、恋ちゃんは切れ長な感じかな」

「最後に、この世界の粒子がきらきらしてる感じを出せば……、完成だー」

「うん! ちゃんと非現実感も出ているし、これでいこっか~!」

 完成したVTuber私たちは、確かに私達とは違う私達になっていた。服装を変えるだけで、もう立派なVTuberになるのは想像できた。私達のVTuberは、部長とかげちゃんが完成させてくれた。

「どうかなー、君達?」

「皆、どう?」

 部長とかげちゃんに感想を聞かれた私は、

「すっごくいいよ! このVTuber私たち。わくわくするし、クラスの皆に見せびらかしたいくらいだよ。これ、私のVTuberなんだよ~って。かげちゃん、部長さん、ありがとう! 配信するのが楽しみだな~。ね、あかり! 恋!」

「そうだな。この私なら、楽しんで出来ると思う」

「うん。これでようやくスタートすることが出来るね!」

 私は、心にあったとある気持ちを押し殺して、そう言ったけど、上手く明るく言えたか心配だった。あかりと恋の返事も、表面的な言葉の中にすこし微妙な気持ちが滲み出ていた。

「皆の服については、箇条書きでいいから、いくつかこういうの着たいって物をわくぷろのグループグラミーに送ってね! とりあえず、ゴールデンウィークが終わる頃までには送っといて欲しいかな」

「おぉー、そういや明日から休みだー! うちさー、3年連続で伊豆に旅行するんだけど、これ、舐められてるよねー?」

「かげちゃんが悪い子だからだよ~」

 傍にいる部長とかげちゃんの談笑が遠く聞こえる。あぁ、もうゴールデンウィークなんだ。全然そんな気持ちじゃないや。


 私達のVTuberが完成したというのに心の底から喜べない。帰り道、私達の会話は主にゴールデンウィークのことで、完成したVTuberのことには誰も触れなかった。

 心の中に、黒いもやもやが漂っている。

 恋と別れ、あかりと別れ、私は家へと1人で歩く。既に暗くなりつつある町に、学生や仕事服を着た人がそれぞれの家へ足早に歩いている。踏切が鳴ったので止まると、通過した電車には沢山の疲れ顔の人達が乗っていた。

 私の頭にあのVTuberが浮かぶ。確かに私とは違う私、そうなんだけど……。

 私達のVTuberを私達でデザインすることは叶わなかった。私達のVTuberは、ほぼ部長とかげちゃんがデザインしてくれた。

 そのことに、悔しい気持ちも湧かない私にもやもやしている。

 完成させてくれた部長とかげちゃんにも、感謝の気持ちが湧かない。

 そんな私に、心のもやもやがどす黒くなっていく。


 ✶


 帰宅した後、ご飯を食べ部屋に戻った私はベッドにうつ伏せに倒れた。

 ここ連日の疲れからか、何もする気が起きない。頭には、相変わらずあのVTuberが映っている。

 私は、部長とかげちゃんが私達のVTuberをデザインしたことの以外ほかにももやもやを感じていた。

 私達のVTuberはわば私達を少しアレンジしたものだ。それって、VTuberとしてはどうなんだろう? VTuberって、現実には無い姿だから楽しめると思うんだけど。

 どす黒いもやもやが満遍なく広がり、私の心を覆う。

 考えてみれば、アンドロイドなVTuberもメイドなVTuberもサイバーなVTuberも異世界のVTuberも面白そうだ。

 それに比べて、あの私をアレンジしただけなのはどうなんだろう。つまらないんじゃないのか。

 既に私は、黒いもやに呑み込まれていた。


 …………ん……。


 気付くと、私は海の中にいた。日が当たった明るい海面を眺めていた。そこに1人の少女が浮かんでいる。何しているんだろ? と思い、よく見ると、その少女は浮き輪に身を通して漂っているようだ。波が穏やかなためかぷかぷかしている。あの体躯、あの髪色から、あれはVTuberだと理解った。

 私の体が、ゆっくりと暗い海底に沈んでいく。どんどん、あのVTuberから離れていく。

 暫くして、沈んでいく私の周りにいくつかのVTuberが近付いてきた。サイバーパンクなかっこいいVTuber、うさぎのぬいぐるみを抱きかかえたロリータなVTuber、如何にもなつばがだだっ広い黒の帽子を被った魔女なVTuber、ナイフを片手に持ち顔の所々に返り血が付いているVTuber……、他にも沢山のVTuberが沈んでいく私の周りに集まってきた。

 うさぎのぬいぐるみを抱きかかえた、ロリータなVTuberが言う、

「わたしね、この可愛い格好でおにーたまやおねーたま達と楽しく遊んでいるんだー」

 そうして、ロリータなVTuberは彼女の配信の様子を見せてきた。


 配信タイトル【おにーたまとおねーたまとお絵かきクイズだよ】


「今晩もこんろり~、私のおにーたま、おねーたま」


〝こんろり~〟

〝ろりろり~〟

〝今日もいやされるぜ〟

〝参加型だー!!!!〟

〝はぁはぁ、新衣装めちゃくちゃイイ!!はぁはぁ〟


「いいでしょー。よりピンク度が増して気に入ってるの。おにーたまとおねーたま達が、私に着せてくれたんだよ。ありがとね~」


〝うぅぅぅぅぅたまらん~~~~〟

〝おれが着せた! 俺が着せた!〟

〝あの時、見ないでって言われたのにちらっとドロワーズ姿みちゃったのは内緒だぜ……〟

〝はぁはぁ、また新しい衣装買って着せてあげるね♡はぁはぁ〟

〝配信画面からいいにほひがただよってくるー〟


「あいかわらず、おにーたまとおねーたま達は元気だね。今夜も、私が眠くなるまでおそばにいてね。お願いだよ。じゃー、お絵かきクイズ、はじめるよ~」


 そうして楽しそうにロリータなVTuberはおにーたまとおねーたまたちと一緒にお絵かきクイズをしている。ロリータなVTuberは、私に、

「どう? 楽しそうでしょー。わたしのおにーたまとおねーたま達たっくさんいて、いっぱいお金もくれるんだよ」

 そう言って、彼女は支援サイトを表示し、私に見せた。そのサイトから中々の金額が彼女に振り込まれている。1on1や手書きメッセージを支援した人達にプレゼントしているみたいだ。彼女は海面に漂うVTuberを差して言う、

「あんなVTuberおねーたまなんてつまらないよ。おねーたまもそう思っているんだよね。よしよし、なでなで、おねーたま♡」

 私の頭を、優しくなでなでして、

「私になっちゃえばいいんだよ。可愛い衣装着れて、おにーたまとおねーたまから、いーっぱい、可愛い可愛い♡って言って貰って、毎日幸せに配信できるよ。今からでも遅くはないよ。ね? おねーたま」

 優しく頭を撫でながら、甘いいちごのようなとろける声で私に囁いた。


 また、別のVTuberがそばに来た。ナイフを片手に持ち、顔の所々に返り血が付いているVTuberだ。

「死けたツラしてんなぁ、おめぇ! その表情カオの女を殺したことはわらし、まだ亡いなぁー??」

 彼女はそう言い、

「わらしは、連続殺人鬼なんだぁ。いつも、犠牲者共をたーの死く殺し回ってるんだぜぇ!?」

 そうして、連続殺人鬼なVTuberは彼女の配信の様子を見せてきた。


 配信タイトル【おまぇらの内蔵抉り尽くさせてくれやぁぁぁ!!!】


「へぇろうMURDER! 今日は、おまぇらの内蔵を食したい気分なんだよぉぉ!! 抉りたいぃぃ、汚めぇらの内蔵を喰いたいぃぃぃぃ!! そんじゃ、いつものごとく、公正に犠牲者をめよーうかぁ!!」


〝HELLO MURDER!!!〟

〝きちゃきちゃきちゃきちゃーーーー!!!!〟

〝私の腎臓で良ければ///〟

〝今日はどんな悲鳴が聞けるかな♪♪〟

〝心臓食ってくれぇーーーー!! 俺の心臓生食いしてくれぇーーーーーー!!!!〟


「ぢゃー、わらしの部屋に、5人の犠牲者てめぇらを招體するから、殺られたい奴は、コードを打ち込んで入室はいってこいや亜ぁぁぁ!!!」


 入室コード:hkjlfgvodv8888


〝うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!〟

〝はやくうてうてうてうてうてうてうてうてうて!!!!!!!!!〟

〝行ける人うらやましーー誰かVRゴーグルめぐんでくれーーーー〟

〝はいれたはいれたはいれたひれたひれたひれたよぉぉぉぉっぉぉっぉっぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!〟

〝頼むぅぅぅぅ!! 俺の心臓食ってくれぇーーーー!! 生きたまま抉り出して目の前で齧ってくだひゃぃぃぃぃぃぃーーーーーーー!!!!〟


 薄暗い館内に入室してきた5人の犠牲者達。連続殺人鬼のVTuberは言う。

ゃ、100秒数えるからぁー、あとは、分かるよねぇ??」

 汚れた柱に顔を向け彼女は数えはじめた。この後、館内に隠れた犠牲者達と彼女は1時間のかくれんぼを楽しんだ。


「どーだぁ?? た死かーこの日は、4人殺れて満腹になったぁんだっけなあ?? 臓器を抜き取り、カメラに向けて齧る時が、1番コメントが盛り上がるんだあ!! たーまんねぇだろー!!?」

 彼女が犠牲者の心臓を抉り出し、がつがつ汚く食べ散らかしているのが映っている。汚い食べ方のせいで配信画面は真っ赤っ赤だ。

「あんなVTuberおめぇで、こんな配信できねぇだろ?? てーいぅかー、亜のVTuberおめぇで亡んか面白いことが出来るんかぁぁぁ???」

 猛烈に臭い息が私の顔面にかかってくる近さで彼女は言う、

「藁しに、亡ればぁいーんだよぉ! これさー、有料配信なんだぜぇ?? 金払ってでも、わらしに殺されてえ奴がいっぱい居るんだぁ!! 亜ぁたまおかしいよなぁ?? でも、毎日殺せて楽しいぃし!! 金もたんまりと入ってくるぅ!! こんな素ー薔薇死ぃ藁しに、不満なとこ亡んて亜るかぁぁぁー!??」

 その他のVTuberも次々に配信を見せてくる。どのVTuberも楽しく視聴者と盛り上がり、その上お金も稼いでいた。あのVTuberは、彼女らよりも面白いことが出来るのだろうか?

 どんどん私の体は海の底へ沈んでいく。そうして、暗い海の底へ沈んで……。沈んで…………。

 ぷかぷか。ぷかぷか。

 海面で浮かんでいるVTuberがだんだんと遠く……。遠く…………。

 ぷかぷか。ぷかぷか。

「どこ行くの? おねーたま!?」

 気付くと、ロリータなVTuberの呼びかけが、私より低い場所から聞こえた。

 どんどんどんどん私の体は…………。

「おぉい!! どこ行くんだ汚めぇ!!?」

 連続殺人鬼なVTuberのうるさい声が、私よりかなり下から聞こえた。

 どんどんどんどん私の体は…………………………、沈んでいるばかりと思っていた私の体は、反対に、浮輪で浮かんでいるVTuber彼女の方へと近づいていた。どんどんどんどん私の体は浮上して、どんどんどんどんあのVTuber彼女に近づいていく。

 この子でいい。

 どこかから声が聞こえた。

 この子でいい。

 またどこかから声が聞こえた。

 この子がいい。

 一体、どこからこの声は聞こえるのだろうと不思議だったが、私の心からその声が聞こえてくることに気付く。

 この子でいい。この子でいい。この子がいい。この選択でいい。この選択は間違っていない。この子なら、この私なら、ネットの世界でも私らしくいることができる。


「ぷはぁっ!」 


 浮上していた私の体が海面に出た。口を大きく開け息を吸い込む。海水をたくさん飲んでしまったためか、ものすごく口の中がしょっぱい。

 隣を見ると、紙パックのジュースをちゅうちゅう飲み、浮き輪に身を通してぷかぷかと浮かんでいる私がいた。顔に薄桃色の粧いをした私は、海面から出てきた私を無感情で見ている。

 見渡すと、周りは一面海のただ中で、そこに私と私は浮かんでいる。空は一片の雲もなく澄み渡っており、日射しが程よい強さで肌に射さる。

 ふと、私の手を誰かが握っていることに気付いた。それは、隣できらきらとした粒子を身にまとって浮き輪に浮かんでいる私の手だった。私は、いつから私の手を握っていたのだろう。相変わらず私は、感情を表すことなく私を見ている。

 その、ぎゅっと手を握っている私を見て、私は、この私となら大丈夫だと思っていた。きっとこの気持ちは、この私だけにしか理解できないものなのだろう。

 あれほどあった不安も心配も、もう感じていない。私を呑み込んだ黒い靄は、何時の間にか消えていた。

 暫く、私とあてもなくぷかぷかと漂い続けていたら、ある一定の方向へ私達は流れていることに気付いた。私の足を見ると、私は足首だけを小さく上下ばたばたさせている。

 ただ浮かんでいるだけだと思っていたけど、私はどこかへ向かっていたのだ。どこへ向かっているのだろうと私達の流れている方向を見ると、そこには島があった。

 私はあそこへ向かっているのかと思ったら、視界がゆっくりとぼやけだした。次第に、瞼が重たくなってきて……どうしても開けることが……できなくて……そのまま……私の意識は…………。

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