先生が扉を開け、その部屋へと這入ったので、私も後から、そーっととりあえず顔だけで中を窺ってみると……

 そこには――1人、ほんわかな雰囲気を漂わせたお姉さんな女の人と、もう1人、セミショートな少し陰気な気を纏わせた女の人が、スマホの前で、そこから流れる曲に合わせて手を踊らせ口を閉じ開けしていた。

 とてもかわいい、POPな曲に、顔の表情と手のポーズを遷移せんいさせて。

 ……これ、Toc Tocの撮影だ!

 2人の女子高生が、☆わくわくぷろぐらみんぐ部☆の部室内で、今流行りに流行り中のToc Tocの撮影をしている!

 突然、生のToc Tocの撮影現場に出くわした私におおいな戸惑いと感銘が、急速に胸の内に襲来してきて、動けなくなっていた。

 先生は、2人の撮影が終わるのを待っているのだろうか、じっとしている。

 そして、無事撮影が終わったのか、両人ふたりは踊りと口の開閉をやめ、しばらくスマホの画面で、おそらく録れた動画の確認をして、たぶん動画編集の操作をして、きっとアップロードのために数回指タップをして、思うにちゃんと上がっていることを確認し終えたら……、

「あ、先生! なんの用ー?」

 と、撮影が終わるのをじっと待っていた先生に話しかけた。

 この先生がToc Tocの撮影が終わるのを只管ひたすら待っているなんて……。 おそらく先生は、以前に彼女らのToc Toc撮影を途中で邪魔して、ひどく怒られたことがあるに違いない。

 それより以降、彼女らがToc Toc撮影中の時は先生は話しかけず、じっと待つことにしたのだろう。クールな女教師も、現役の女子高生には敵わないみたいだ。

「昨日、伝えたことだが……」

 そう先生がToc Tocを撮影していた女子高生らに言うと、2人は動けなくなっていた私を一瞥した。

「あー、もしかして、その子が!?」

 ほんわかな方が発した言葉に弛緩成分が含まれており、それが私の内耳神経から脳へと注入されたことによって、ようやく体を動かせるようになった私は、初めてわくわくぷろぐらみんぐ部の部室内を見渡した。

 おそらく、先の広い教室が工作室として使われていた時には工作準備室、化学室として使用されていた時には化学準備室だったのかな。

 広くはない縦長の部屋に、部長って文字が彫刻された机上名札きじょうなふだが置かれたデスクが南側に配置、そして細めの長机が4脚、部室の中央に向かい合わせで配置され、全ての台に起動されたパソコンが置かれている。

 そこに、西側の机で和菓子を食べながら、何かの作業をしている女子生徒1名に、東側に2名の男子生徒が各々の椅子に座り本を開いている。

 奥の北側にはソファが置かれており、その上で1名の女子生徒が毛布を被りすやすやと眠っている……。そして、私を見つめている、先程までToc Tocを撮影していた女子生徒2名。

 これが、わくわくぷろぐらみんぐ部の部員達みたいだ。

「……えっと、こんにちは! 私の名前は緒川結依です。この学園の1年2組の新入生。お見知りおきお願いいたします!」

 そう挨拶した私に、

「よろしくね~」

「おー、こちらこそー」

 と、ほんわかな雰囲気の人と、陰気な雰囲気の人がそう返した。

 そうして、どうすればいいのだろうと、若干戸惑っていた時、先生は、

「……じゃ、問題なさそうだな」

 と言って、さっさと帰ろうとした。いや、待って! 先生、それはもう無味乾燥を超えてコミュ障の領域に這入っているよ!

「先生、どういうことなの!」

 私は、わくわくぷろぐらみんぐ部を出ていこうとする先生の前に両腕を広げ立ちはだかり、部屋からの退室を妨害した。先生は、説明が不十分だったのかと気付いてくれたみたいで、煩しそうに私に話し始めた。

「……私は、この部活の顧問なんだ。お前がVTuberという物を見せてきた時、こいつらなら分かるんじゃないのかと思って、確認したら、『VTuber? 知ってるよ!』って返ってきたから、明日ここにそれをしたいという奴を連れてくるから、と伝えといたんだ」

 成る程。

 そういえばVTuberをするには、キャラクターのデザインにモデリング、そしてそれを動かす技術が必要不可欠だ。その事を、私は全く考えていなかった。

 じゃあ、どうやってVTuberをやろうと思っていたの? と聞かれたら、全く考えていなかったって前行に書いてあるよ、と返すけど。

 そう、VTuberは演者だけじゃ生まれない。数多の技術者によって体を生成され、演者を入れた後、ようやく生まれるのだ。その、技術者の役割を、先生はプログラミング部にお願いしたというわけだ。

 やっぱり、先生はちゃんと血の通った、生徒思いの良い先生だった。

「緒川……結依ちゃん、だったよね? 私らも以前、VTuberを作ってみたいな~とか、寧ろうちらでやっちゃおっか~! って話してた時があるから、今とてもわくわくしてるんだよ~」

「ま、去年は別段なにもせず、だらだらにーと部してたから、今年はちょっと本気出してもいいかな、ってね。それに、私達の作ったVTuberが登録者数万人いったら、文芸部の奴らに自慢して、奴らが涙目でぷるぷる震えている様を見たいしな……、うひひひひ」

 おそらく、部長だと思うほんわかな先輩の後、きっと、副部長って感じの陰気な先輩がそう言った。

 そして――

「私達が、貴方をVTuberにしてあげるね!」

 そう言った部長の言葉に、先程まで私を見ていなかった他の部員も顔をこちらに向け、わくわくぷろぐらみんぐ部の全員が私を見た。

 そう、ソファで眠っている女子部員も……、いや、相変わらず、その女子部員は眠っていた。

 春の風が、私を吹き抜けた気がした。

「……よ、よろしくお願いします!」

 私は、プログラミング部の先輩達に深くお辞儀をした。私のキャンドルが更に一際燃え上がった。この後の展開は、もう分かっている。

 世界記憶保存庫アカシックレコードと繋がり真理を覗き見し放題の神智学協会の人達よりも知っているし、第三眼サードアイを開眼させて数十年を経たインドの僧侶よりも観えている。だって、アニメや漫画でよく見てきた、あの展開だ。

「じゃ、今日から……」

 私は、何か言おうとした先生の言葉を遮って、

「3人ですよね。……分かっています、私」

 先生は、ん? 何だ? という表情をしたが、私は構わず、

「1週間以内に私含めた部員を3名連れてくること。……それが、VTuber部の創立条件ですよね。待っててください。1週間以内に最高にイカした、この学園のVTuberとして恥じることのない、ぴったりなを勧誘してきます」

「いや、緒川。別に部員は……」

「先生にわくぷろの皆さん、今日は有難うございました。そして来週より、このを、どうぞよろしくお願いします。それでは、失礼つかまつります。……うぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」

 私は挨拶を済ませ、どたたたたと部室から駆け出した。そのまま学園を後にし、湖西の街を南へと疾走し、つむじ風のように疾風した。この日、この地区で観測されたつむじ風の正体は私だ。

 そのまま横断歩道を抜け……ようとしたが、赤信号なので急停止きゅうブレーキ

「……異世界転生だけは、けないと……」

 もしかしたら、別の世界の私はここで異世界へと向かったのかも知れない。そして、女勇者、もしくは悪役令嬢として、今頃はあっちで幸せによろしくやっているのだろう。

 でも、この世界の私は、それじゃいけないのだ。先生に渡した私の頼みを、先生はプログラミング部を以って、私へと返してくれた。それを無下にしては申し訳が立たない。私の未来は、この世界の中にあるんだ。

 青信号に切り替わったのを確認し、慎重に横断歩道を横断し終え、私は再び駆け出した。向かう先は、私の家だけど家ではない、私の明日へとだ。

「最高なメンバーを見つけるぞー!」

 息を弾ませつつ、声を張り上げ、私はこの先へ向かって、気を付けながら全力疾風した。


 ✫


「先生ー、部活動って最低3人必要なの?」

 プログラミング部の部長が先生に聞く。

「いや、……というか、そもそもVTuber部とかいう部活動の申請なんて認可が下りるわけ無いから、私はあいつをここの新入部員として紹介したんだ。お互い問題なければ、入部届に名前を書いてもらって、さっさと処理して、あいつの相談は解決と思っていたのだが……」

「あの子、意気込んで帰って行っちゃったねー、くししし、面白い子だー」

「……まぁ、遅くとも来週にはそうなっているだろうから、あいつの事を頼んだぞ、部長」

「オッケー、任せて~!」

 部長は、笑顔で先生にそう返すと、再び副部長とToc Tocの撮影に入った。先生は、煙草を1本取り出し、それを人差し指と中指で挟み持つと、わくぷろ部の扉を閉め、喫煙所へと向かっていった。

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