「うちの学校、特に、文化部同士の仲が悪いみたいだよー」

「えぇ、何それ、おもしろーい」

 長閑のどかな春の昼下がり、学園の中庭のベンチに腰掛け、紙パックのジュースを飲んでいる私の前を2人の女子生徒がそう話しながら過ぎていった。

 ゴクゴク……ゴクゴク……。

 今日は、首を長くして待った部活の説明会。私――緒川結依は、その時を天下を分ける大事な合戦かっせんを前にする武将のように待っていた。

 チュウチュウ……ズゾゾゾゾ…………ゴクリ。

 よし、時は来た。

「いざ、まゐらん!」

 ジュースを飲み干した私は、意気揚々と体育館へ向かう。

 薄桃のカーディガンを制服の上に羽織、膝丈ほどのスカートの装束いでたちで、腰には幻想刀イマジナリーブレイドを差し、お供に冥界の番犬ケルベロス狒々ひひ八咫烏やたがらすを連れ立って。

 因みに、私と冥界の番犬ケルベロスが前衛、狒々と八咫烏が後衛支援だ。ひつじこく戦場たいいくかんへと足を踏み入れた。


 ✫


「サッカー部に入ると、モテモテになります! なので是非、入部してくれ!」

 各運動部の紹介を、私は、目を瞑り用意されていた椅子の上に正座の態勢を取り聞いていた。腕を組み、成丈神妙な面持ちで。目当てのVTuber部は、文化部に属するので運動部の後なのだ。

「バスケ部に入ったら、モテまくるよ! 入部、待ってるぜ!」

 しかし、先程から運動部の紹介はやたら『異性にモテます!』の触れ込みが続く。というか、全運動部がそう触れ込んでいる……。

 それしかアピールするところがないのかな? と思うけど、部活が廃止される学校が多いご時勢、そのような人間の本能をじかに擽る文言もんごんで以って、部員を増やさんとする計略なのだろう。

 全ての物事には、それに至るゆえがあるものなのだ。と、私の心眼が申しておる。

 剣道部、気功部、馬術部に忍術部……。最後に、ラヂオ体操部が第4まで体操し尽くし、流汗滂沱ボタボタと体中より汗を垂らしながら笑顔で去り、運動部の紹介は終わった。

 ……ラヂオ体操部が1番運動部していたな。私もVTuberをやろうと決めていなかったら、入部していたかも知れない。

 そして、文化部の紹介のときとなった。

 私の鼓動が高鳴って来た。まるで、先程まで本気を出していなかったとばかりにバクバクして、『このままお主を殺ることもできるけど、どうする?』みたいな、わけわかんない脅迫を私に突きつけているみたいだ。

 私が死んだら、貴様も死ぬと思うんだけど。


「茶道部で~す。少しでも、お茶に興味があって……、それはお茶そのものだったり、茶器の美しさだったり、その様式だったり、岡倉天心だったり……、ほんのちょっぴりでも茶に対して興味がある方と書道部の書カス共に熱々のお茶をぶっ掛けたい方は気軽に覗いていってね!」

 茶道部かー。武士の端くれでもある私としても、少しは嗜みたい気持ちがあるんだけど、私にはVTuber部が有るからなー。

「こんにちは、書道部です。文字の美しさは、その人柄に現れます。でも私達は、拙き文字が悪ということではないと考えております。心に悪ある人が如何に見事に文字を書いても、それは心美しき人の拙き文字に劣ります。ですから、文字の下手なお方の入部も大歓迎ですよ! また、茶カス部の部室を墨で以って荒らしに荒らすという楽しいレクリエーションもあります。お待ちしてますね!」

 書道部かー。私の魂を込めて書いた文字で、見る人を殺せたらそりゃ楽しいだろうけど、私にはVTuber部が有るからなー。

「新聞部です! 週1で、校内新聞を発行しています。突然ですが、我が学園の募金活動部には、募金活動で集めたお金をそのまま懐にしている疑惑があります! 純真な人々からの善意の寄付を、自らの豪奢な暮らしへと費している疑惑があるのです。この様な道義に反した輩どもを、果たして許さでおくべきでしょうか? ペンは剣よりも強いんだという事を信じている人の入部を待っています!」

 新聞部かー。私の一面スクープで、悪の組織を壊滅できたらめっちゃ気持ちいいんだろうけど、私にはVTuber部が有るからなー。

「私達は、募金活動部です。新聞部の言うことは信じないでください! たしかに私達は絢爛な調度品がずらーっと並ぶ豪華な部室を持ち、狭くみすぼらしい部室を持つ新聞部の方々が妬ましくお思いになられるのも分かるのですが……。私達は清廉潔白に募金活動に励んでいるだけなのです! 私達と世の中のために募金活動を行いたい方は、新聞部の嘘八百な出鱈目なんかに惑わされる事なく、是非、門戸もんこをお叩きになって下さいね!」

 募金活動部かー。清貧に、人の為に尽くすのはとても高潔で尊いことだけど、私にはVTuber部が有るからなー。

 彫像部、調理部、軽音楽部にプログラミング部……。それにしても、2人の女子生徒が中庭で話していた通り、うちの学園は文化部同士の仲がすこぶる悪いみたいだ。一体、どうしてだろう?

「そろそろかな?」

 私は、きたるVTuber部が説明のため壇上に上がったところで『新入生、緒川結依! VTuber部に入部させて貰います!!』といきなり入部宣言を叩きつけようと決めていたのだが、中々にVTuber部はやってこない。それどころか、もうすぐ部活説明会は終りを迎えてしまう様だ。

「まさか、トリか!?」

 そりゃ、今をきらめくVTuberだもん。最後に決まっている。きっと、私以外にも、この場で入部宣言を叩きつけてくる奴らがごまんと居る筈だろうから、そいつらに負けないように、何としてでも私が最初に入部を宣言しなくては!  

 しかし、最後に紹介されたのは写真部で、彼らは今年のコスプレマーケットでのえちえちコスプレイヤーの際どい写真を、これでもかという程特大プロジェクタースクリーンに映しに映して、壇上から降りていった。

 ……えっと、あれ?

「以上を持ちまして、部活説明会の方を終わります。新入生の皆さん、興味ある部活動には出会えましたか?」

 ……VTuber部は!?

「それでは、皆様、各自退場をお願いたします。お疲れ様でした」

 ……私は、虚を突かれた思いがした。


 ✫


 この日、私が気付いた時には、既に放課後の教室になっていた。ぽつんと、私一人だけが自分の席に座っていた。残りの授業やHRだったり、そもそも一体体育館からどのようにして帰還したのかも覚えていない。どうやら私は、部活説明会後からは、無の状態で過ごしたみたいだ。

 私が入部しようと決めていたVTuber部が、この学園には無かった。無かった時のことなんて、考えてもいなかった。

「どうしよう……」

 もう一層、ラヂオ体操部にでも入部してしまうか……? いいや、そんな事は出来ない。私は、この学園でVTuber部に入ると決めたのだから。

「でも、一体、どうすれば……」

 ふと、先生の顔が私の脳裏に思い浮かんだ。そして、部活が無ければ作ればいいんじゃない? と言う、誰かの声も私に聞こえた。

 

「そうだ! 私がVTuber部を創設すればいいんだ!」

 部活動説明会で、この学園は部活動に力を入れている事は分かった。そうじゃなきゃ、あれ程まで多くの部活動がある説明が付かない。あの人達だって、初めは部活を申請する所から進めた筈だ。

 うん、一度先生に相談してみよう! 案外、『そうか。なら、この部活動申請書に記入さえすれば、今日からでも活動が出来るぞ』と、言ってくれるかもしれない。

 そう思い至った私は、人間が未だ到達し得ぬ光の速さで教室を飛び出して、職員室へと駆け込んだ。

「先生! 先生!!」

 その言葉に職員室に居た数名の先生方が私の方を振り向く中、唯一振り向きもしていない、スーツが似合っているクールな顔の女教師、私の担任の下へとなだれ込んで、

「先生! 私、VTuber部を作りたいんだけど!」

 そう勢いよく、言葉をぶち込んだ。

「……いきなり何だ、緒川?」

 先生は、優雅に煙草とコーヒーをたのしんでいたみたいで、急な闖入者である私を、とても鬱陶しそうに見ながら、そう言った。

 私は、更に先生へと身を乗り出して、

「先生! 私、この学園ではVTuber部に入部しようと思っていたんだ。でも、そもそも肝心のVTuber部がこの学園に無かったの。このままじゃ、ヤケになってラヂオ体操部に入部してしまうかもしれないけど、きっと身が入らず、中途半端な事になっちゃうと思う。だって、本当にしたい事じゃないから! 何より、そんな状態で3年間学園生活を送って卒業しても、ずっと引きずってしまうと思う。そんなのは、絶対嫌なんだ! 先生、この先後悔しない為にも、私、この学園でVTuberをやってみたいの! どうにか、先生の力でVTuber部の創設の手伝いをして下さい!!」

 そう言って私は、思いっきし先生に頭を下げた。私の有りったけの熱情は、言葉に込めた。きっと、この思いは、クールな先生にも伝わった筈だ。どうか、この熱が、クールな先生を解かしてくれますように。

 しばし沈黙していた先生は、ゆっくりと口を開いたかと思ったら、

「……緒川。VTuberって、何だ?」

 と、少し思案顔で、私にそう返した。

 その先生の言葉に、私は少し困惑した。そっか、先生はVTuberの事を知らないのか。

「先生って、何才なの?」

「……29だが?」

 あれ、それなら知っていてもおかしくないと思うんだけど、この先生なら知らない方がなんかフィットしているかも。

 私はスカートのポッケからスマホを取り出し、トゥーチューブを開いて、適当なVTuberの動画をタップしてそれを先生に見せた。


 配信タイトル【コロナに罹ったけど企業所属VTuberなんでノルマのために配信するぜ……】


「ケホッ、ケホッ……、……ゴホッ! ゴホッ! そんでー……、ゴホッ! ゴホン! ゴホン!! うぅぅぅー……、コロナまじつらぃぃぃぃ……、ゴホ! ゴホッ! ゴッホ!! ……いや、ゴッホの話はしていないけど!!!」


 うわー、企業VTuberさんは大変だ! てか、微妙なの開いちゃったかな……。

 先生はまじまじとその配信を怪訝な表情で見つめている。表情からは、何だこれは? と思っているのが見て取れる。

 企業VTuberの咳込む音が職員室中に私のスマホからこだましている。ちょっとの間の後、

「……これは、パソコンのキーボードとマウスで動かしているのか?」

 と、私に聞いてきた。

 ので、これは確かにキーボードやマウスでも手だったり顔の表情だったりは動かせたりするけど、主にはWEBカメラに自分の顔を映して、そのWEBカメラに映された顔をこのキャラクターに追跡させることによって、この様に動かす事が出来るんだよ。だから大方顔で動かしているんだよ。そう伝えると、

「……なるほど」

 と、一言だけ返した。そして、先生は、

「これを、お前はやりたいってことなのか?」

 と、言ったので、

「そうだよ! 私の学園生活は、これをする為だけに有るんだよ!」

 と、私は元気に応えると、

「……明日、またここに来い」

 と、淡々と返した。

 ……これは、詰まるところ、思うに、VTuber部を私の為だけに創ってくれるってこと!? この返答は、そうに違いない。ていうか、それ以外の意味合いがこの文句から読み取れるとでも言うのだろうか?

 胸の内から、温かな気持ちが脳みそへとのぼる。それに反応し、脳の電気信号が私の全身を速やかに起電させた。

 私は後ろを向き、数歩進んで、

「……信じていたよ、先生。めっちゃ冷徹な大人のおもむきがあるけど、何だかんだ言っても、生徒の問題を全身で受け止め、全力で悩み抜き、一緒に解決してくれるってね!」

 その言葉と共に先生へと振り向いた。決まったね! アニメや漫画で良くある、ちょっと感動的な場面を演出出来た!

 しかし、先生は、私の事なんか見ておらず、煙草とコーヒー時間タイムを再開していた。

 ……VTuber部の事、この先生に頼んで、本当に良かったのだろうか?


 ✫


 そして、次の日。私は放課後、少しの不安を抱きながら職員室へと来たのだけど……、

「……スー……、……スー……」

 先生は、すやすやと眠っていた。自分の職員机に自らの腕枕で、とても心地よさげに。

 ……んーと、どうしよっか? とりあえず、ちょっぴり頬を小指で突付いてみた。……反応はない。

 も少し深く突いてみた。……やっぱり反応はない。敵城に侵入した忍者のすり足くらいの静けさで、鼻から寝息を立てているだけだ。

 私は、ゆーっくり、ゆーっくりと、なんとなく顔を先生の寝顔に近づけていったら、

 パチッ

 と、急に目を開けたので、急ぎ顔を離した。そのまま先生は、目だけをじろりとこちらに向けた。

 私は、別に小指で突付いたり、顔を近づけたりとかしていませんよ? なんでそんなことを先生に仕出かさなきゃいけないのでしょうか? と、断固たる抗辯こうべんを目に込め、先生を見返した。

「ん……、……あぁ、申し訳ない」

 先生は寝てしまっていたことをクールに謝り、ぐっと起き上がった。

「えっと、先生! VTuber部の事なんですけど!」

「あぁ、分かっているよ。それじゃ、付いて来い」

 そう言って椅子から離れ、煙草を片手に持ち、職員室を後にしようとする。当然、私もその後を軽鴨かるがもの子供の様に、るんるんな心持ちで先生に付いて行った。

 職員室から出て、資料室や視聴覚室などを過ぎ、渡り廊下を渡って、右へと行った先。何の教室なのか不明瞭な教室の扉を開けて這入ったので、私もその不明瞭室へと這入る。

 結構、広めの教室だ。でも、真新しい教室ってわけじゃなく、それなりには使われてきた趣を感じる。

「先生、ここは何教室なの?」

「ここは過去、工作室、化学室、パソコン室などに短期間使われた後、現在いまは使用されていない所だ」

 そうなんだ、なんだか勿体ないな。この広い教室なら、大所帯の部が使っていそうなものだが、使用されていないという。その証拠に、机には埃が見受けられる。

 もしかして、ここをVTuber部の部室に使用するつもりなのかな? それならば、部員を沢山うんと勧誘しなくてはいけないね!

「ここだぞ」

 先生は、その教室の南東側にこさえられている片開き戸の前で止まって、勧誘せんと奮い立っていた私に言った。

 室名札には、‘☆わくわくぷろぐらみんぐ部☆’と、記されている。

「……プログラミング部?」

 と、私が脳に?を浮かべていると、先生はそのわくわくぷろぐらみんぐ部の扉のドアノブをガチャッと回して開けた。 

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