第4話 「導きの魔術師」

森に朝の光が差し込んでいた。


 焚き火の赤はほとんど消えかけていたが、その前に立つローブ姿の女だけが、時間の流れとは無関係に存在しているかのように静かだった。


「私はマーリン、魔術師です。」


 その名に、アキラの胸がざわつく。

 夢の中で聞いた声。霧の中の女。そして、どこかで知っているはずの――物語に出てくる名前。


「……本当に、あの“マーリン”なのか」


「そう名乗ることに、偽りはありません」


 マーリンは焚き火の前にゆっくりと腰を下ろす。アキラもその向かいに座ると、冷えた空気の中、焚き火の余熱がわずかに身を包んだ。


「俺は……日本にいた。学生だった。だけど突然ここに来て……“アーサー”って呼ばれて、聖剣を引き抜いた」


「ええ。あなたはこの世界とは異なる場所から来た“転生者”です。

 そしてこの地の運命に、深く関わることになる存在」


「だけど……俺は“アーサー王”そのものじゃない。なのに、なぜアーサーの名前で……」


 アキラが言いかけた時、マーリンはかすかに笑みを浮かべた。


「あなたは“アーサー王ではない”。ですが――“アーサー王の記憶”の一部を宿しています。

 夢や幻の中で見た情景。過去の騎士たち。あれは、この地があなたに語りかけた記憶」


「地が……語りかけた?」


「この大地には“記憶”が残っています。あなたの魂がそれに触れた。

 その結果、あなたは選ばれたのです。過去と未来をつなぐ者として」


 アキラは黙った。


 あの夢――白い霧の中、剣と騎士たちと、決断の場面。

 それはただの幻ではなく、この地の記憶であり、そして今の自分の“使命”と結びついている。


「……でも、それでも俺には荷が重すぎる。自分が何者なのかも、よくわかってないのに」


「だからこそ、“今のあなた”に託されたのです。過去に縛られず、未来を切り開ける者として」


 焚き火の中で、小さく火がはぜた。


「あなたは『剣に選ばれた者』。ですが、王の証明にはそれだけでは足りません。

 人の心を動かすには、剣ではなく意志が必要です。これからあなたは試されます――まずは、彼女たちによって」


「……ガウェインたちか」


「ええ。彼女たちは王に忠義を誓う騎士候補ですが、あなたの素性を疑っています。剣を引き抜いたからといって、すぐに“王”と認められるわけではない」


 それは、旅の中でも痛感していたことだ。

 とくにガウェインの視線は厳しかった。ただの護衛ではなく、何かを試す目だった。


「そして、この世界そのものが揺れています。

 王なき今、各地の領主は互いをけん制し、戦の火種を抱えています。あなたが王として認められるかどうかで、その火が燃え上がるか、消えるかが決まる」


 アキラは唇を噛んだ。何も知らずに来たはずのこの世界で、いま、自分は選択を迫られている。


「だから……俺は、“アーサー”として生きる必要があるんだな」


「あなたが名乗ったその名前は、かつて人々を導いた象徴です。

 それは、ただの名ではなく、意志を示す“灯”となるでしょう」


 アキラはそっと目を閉じる。

 胸の奥にある、確かに存在する“痛み”と“懐かしさ”――それは、自分のものではないはずなのに、深く根付いている。


「……わかった。だったら、やるよ」


 ゆっくりと、拳を握った。


「この名前が、人を導くものなら。過去の記憶が、誰かを救えるなら。

 ――俺は、“アーサー”として、やり直す」


 その言葉に、マーリンは深く頷いた。


「あなたの旅は始まったばかりです。これから多くの敵と、仲間と、真実と出会うでしょう。

 どうかその目で、選び取ってください。今度こそ、“失わない道”を」


 そしてマーリンは立ち上がる。

 朝日が差し込む森の奥、彼女の銀の髪がかすかに光を受けて揺れた。


「すぐに、騎士たちが起きてきます。あなたの決意が、彼女たちの心を動かす鍵になるはずです」


 アキラは頷いた。

 まだ不安もある。迷いもある。けれど、進むしかない。


 アーサーとして。

 そして、アキラとして。

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