第3話 「夢、記憶そして魔術師」

夜が訪れていた。


 焚き火のかすかな揺らめき。

 薪がはぜる音と、微かな風の囁きだけが、世界を満たしている。


 アキラは、簡素な天幕の中で眠っていた。

 目的地は〈スワウィージ城〉。王候補としての教育を受けるため、騎士エクター卿のもとへ向かっている最中だった。


 聖剣を引き抜いてから数日。

 その知らせは一部の領主に伝えられ、アキラはまず、「王としての資質を見極めるべき者たち」のもとへ送られることとなった。旅の護衛として同行しているのは、例の三人の女性騎士――ガウェインを筆頭とした騎士団の選抜である。


 だがその態度は、どこか突き放すようだった。

 形式的には「剣に選ばれし者」だとしても、彼女たちの目は冷静だ。あくまで“観察対象”として見ているのがわかった。


(……俺が本当に“王”だっていうのか?)


 火の熱と草の香りの中で、アキラは目を閉じる。

 剣を抜いた瞬間の感覚はいまだに胸に残っていた。何かが、自分の深層に結びついている――そんな感覚だった。


 やがて、まどろみの中へ沈んでいく。

 そして、夢が始まった。


 


 白い霧が、視界を覆っていた。


 冷たい。濡れている。だが、不思議と恐ろしくはなかった。


 気づけば、石造りの古城の中庭に立っていた。

 鎧のきしむ音が近づく。振り向けば、数人の騎士たち――全員が女性だった。


 その顔は霞んでいて、はっきりとは見えない。

 だが、彼女たちは確かにアキラのことを「王」と呼んだ。


『陛下、もう時間がありません。ご決断を――』


 誰かがそう言った。だが、アキラの声は返らない。

 ただ、胸の奥に――深い、絶望と、決意の記憶があった。


(……これは、夢……? それとも……)


 その時、霧の向こうから、一人の人物が現れた。


 フードを深く被り、灰色のローブを纏った細身の女性。

 顔は見えない。ただ、その目だけが、まっすぐアキラを見ていた。


『また、あなたは同じ場所に立つのですね。王よ』


 澄んだ声が響いた。それは昼間、アキラの心に直接届いた声と同じ――“あの声”だった。


『道を選ぶ時が、再び巡ってきました。剣は手にした。けれど、意志はまだ曖昧……記憶も失われたまま』


「お前は……誰なんだ?」


 言葉は夢の中で、かすれて届いた。


 女は一歩だけ近づき、静かに首を振る。


『答えを急がなくていい。けれど、ひとつだけ――覚えていてください。あなたがこの地に再び現れたのは、偶然ではない。』


『この世界は、もう一度、あなたの意志を必要としている。』


 霧が深くなった。女の姿が揺らぎ、消えかける。


『目を逸らさないで。

 この剣が“何のために生まれたか”、

 あなたが“何のために選ばれたか”――必ず、その意味を見つけて』


 言葉の余韻を残して、彼女の姿は完全に消えた。


 そして――霧の中で最後に響いたのは、戦の音だった。


 剣と剣がぶつかり合う音。叫び声。命が散る音。


 “かつて見た光景”なのか、“これから見る未来”なのか、判別できないまま――


 アキラは、目を覚ました。


 


 森の朝は、冷たかった。鳥の声が遠くに聞こえる。

 自分が汗をかいていたことに気づき、アキラはゆっくりと起き上がった。


「……夢、か……?」


 誰に問うでもなく、呟いたその瞬間。

 焚き火の傍に、見知らぬ人影がひとつ、立っていた。


 フードの下から見えるのは、長い銀の髪。

 その女は、夜明けの光を背に、アキラに向けて微笑んだ。


「ようやく目覚めましたね、“アーサー”。」


 アキラが目を見開いたその瞬間、女は静かに名乗った。


「私はマーリン、魔術師です。」

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