38.マリアンヌ
隣の部屋から出てきた二人のドワーフが、何やら口論をしている。
「ザンベル! 殿下が来ているから出ていくな、とあれほど言っただろう!」
「でもよぉ、バルド師匠! 流石にこれはひどいんじゃないですか!」
そのやり取りに興味を惹かれ、私はザンベルと呼ばれる少年のドワーフをみた。
「なにがひどいのかしら?」
私の問いかけに、大きなドワーフ――どうやら彼の師匠らしい――が慌てて間に入り、恐縮した様子で答える。
「殿下、どうかお気になさらず。すぐに引っ込ませますので……」
師匠が取り繕おうとする一方、ザンベルは納得がいかない様子である。
「けどよ、けどよ! この魔導具は俺が作ってる途中なんだぜ!」
その言葉に、私は思わず驚いた。この魔導具を、この少年が作っているというの?
目の前にあるのは、未知の鉱石と未知の魔石が使われた、見たこともない代物だ。その精巧な作りからは、かなり高度な技術力が窺える。
「あら、そうなの? あなたにそんな技術があるようには見えないのだけれど?」
内心では驚きつつも、私はあえて彼を煽るような口調でそう告げた。
「やっぱり、すごい人はなんでも見破れるんだな……」
ザンベルは落ち込んだような表情を見せる。未完成とはいえ、彼の技術は相当なものだ。それに、この素直で顔に出やすい性格……彼をこちら側に引き込めば、面白いことになりそうね。
私は勢いに任せ、さらなる提案をしてみる。
「彼も連れていきますわ」
セリオスは心眼魔法で確認するまでもなく、驚きを隠せない様子で言葉を詰まらせた。
「――え? ザンベルを……ですか?」
「そうよ。よろしくて?」
私は当然のように答えるが、その無茶な提案にセリオスの表情は一瞬固まり、次いで深く息を吐くと、腹を括ったように頷いた。
「分かりました」
ザンベルは私とセリオスを交互に見比べ、納得のいかない様子で大きなドワーフ――師匠へ助けを求めるような視線を送る。だが、師匠は首を横に振るだけで何も言わない。
「ザンベル、殿下の元なら悪いことにはならないはずだ。諦めてくれ」
セリオスが彼の肩を叩きながらなだめると、ザンベルの目には涙が浮かび始めていた。そのあまりにも素直な反応に、私は少し気の毒になり、一つの提案を口にする。
「分かったわ。それなら、あなた専用の工房を用意するわ」
その一言に、ザンベルの表情がみるみる明るくなった。だが、嬉しさを隠そうとしたのか、涙を流しながらも微妙な笑顔を浮かべている。
「殿下、一つ提案があります」
セリオスが口を開くと、ザンベルの表情に再び不安がよぎる。
「なにかしら?」
「彼の技術力は確かです。しかし、情報が外部に漏れる危険があります。ですので、結界の施された施設――孤児院のような保護機構を用意すべきかと考えます」
「確かに、それは必要ね。ただ、あのような結界を構築できる者は限られているわ。ニーナでも派遣していただけるのかしら?」
私が問い返すと、セリオスはザンベルをちらりと見やる。すると、ザンベルは不意に自信満々の表情を浮かべて言った。
「そんなの余裕だぜ!」
――表情がコロコロ変わる面白い少年ね。
私は彼の顔をみながら少し笑みを浮かべた。
セリオスの言葉に乗せられたザンベルは、事実上、私の元へ来ることで話がまとまった。
――
カミラが私の耳元で小声で囁いてきた。
「殿下……殿下。」
「どうしたの、カミラ?」
「ザンベルという少年……彼の魔力量ですが……マリアンヌ様以上にあります。」
――この子も……そういう存在、なのね。
その言葉に、私は思わず目を見開いた。カミラが続けて、不安そうな声で尋ねる。
「彼を連れていって、本当に大丈夫なのでしょうか? もし何かあった場合、私たち三人ではおそらく……」
彼女の懸念はもっともだった。魔導具好きの妹へのお土産として、ザンベルの製作物を期待していただけだったのに、彼自身の能力がそこまで突出しているとは……。
その直後、彼の師匠が私の前へ一歩前にでた。
「殿下、少しよろしいですか?」
「なにかしら?」
「こいつは直情的なところもありますが、基本的にはビビりでして……ですから、工房を破壊するようなことはないはずです。周辺に被害が出るような事故も心配しなくて大丈夫だと思います」
どうやら、彼はザンベルの性格を踏まえ、魔導具の製作における安全面の懸念を心配をしていると考えたようだ。
「そうなの? それはよかったわ。」
私は意図を悟られないようにさらりと同意する。
「それに……もしザンベルで何か困ったことがあったら、セリオス様へ報告してください。儂やリリアン、ノエルで何とかしますので。どうか、こいつが楽しく過ごせるような配慮だけはお願いしたいのです。」
――これは言質を取ったと受け取っていいのかしら?
私は、この言葉を都合よく解釈することにした。つまり、何かあればセリオスに押し付けていいと受け取った。
「分かったわ。ザンベルにはやってもらいたいことが多くあるので、悪いようにはしないと約束するわ」
彼の師匠は安心したように頷き、ザンベルの背中を強く叩いた。その勢いでザンベルは人ひとり分ほど吹き飛び、私たちの方へ転がってくる。
ドンッ――!
その衝撃で部屋全体が揺れ、ザンベルは不安半分、楽しみ半分といった表情を浮かべていた。
後ろを振り返ると、カミラは膝が砕けて座り込み、ゼノンは苦々しい顔をしている。
――
翌日、私たちはこの領を発つこととなった。セリオスから得た情報をもとに、事件の早期収束を目指すためである。予定よりも早い帰路となったが、この地での収穫は十分すぎるものだった。あとは、お父様にどのように報告するかが問題ね。
関門を抜けようとしたその時、セリオスが見送りに現れた。彼はザンベルに向かい、慎重な口調で言葉をかけた。
「ザンベル、しっかりやるんだぞ。殿下の期待に応えてくれ」
ザンベルは少し照れ臭そうに頷き、小声で答えた。
「……分かってます、セリオス様。」
セリオスは彼の肩を叩き、次いで私に深々とお辞儀をする。その姿を見て、私はふと思い出したことを口にした。
「セリオス。あなたたちが表立った活動を控えたいのであれば、各ギルドの鑑定眼は使用しない方がいいですわ。できれば、ギルドそのものに近づかないことが賢明ですわ」
私の助言に、セリオスは一瞬表情を硬くしたが、すぐに深く頷いた。
「分かりました。その点、肝に銘じておきます」
そう言うと、彼は私たちが完全に見えなくなるまで、その場で深々とお辞儀を崩さなかった。その姿を背に、私たちはこの地を後にした。
――
私は王国に着いてからのことを思案しながら、無意識に視線をザンベルへ向けた。彼は工房の話をしているのか、ゼノンに向かって何やら楽しそうに話し続けている。その無邪気な様子は、今後の不安を一切感じさせない様子であった。
彼の技術力と魔力量を考慮すれば、今後彼を中心に計画を立ててもいいかもしれない。
馬車が走る中で、私は彼の表情をみながら、そんなことを思案する。
――ザンベル、あなたには大いに期待しているわよ。
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