第20話希望の同盟、大地を駆ける! 虚無に挑むケンジと賢者たち


カゲウス村の拡張された集会所は、歴史的な第一回「対虚無の影・連合戦略会議」の熱気に包まれていた。


ケンジ、村長、ゲンゾウ爺さん、そして警備隊のサブローがカゲウス村代表。


対するは、ドリアンコ町から派遣されたバルガス氏(元騎士団長)、フィリアス師(老賢者)、そして記録係兼錬金術師ギルドの若い調査員ラミレス。


テーブル(もちろんヌマゴン特製、重厚な黒曜石風仕上げ)の上には、カゲウス村周辺の地図(ポチ子とケンジの共同製作、精度は大陸一と噂される)が広げられている。


「フィリアス師、古代の文献には、この『虚無の影』について、何か具体的な記述が?」


ケンジの問いに、フィリアス師は長い白髭をしごきながら、重々しく口を開いた。


「うむ…我がギルドの禁書庫に眠る、数千年前の古文書によれば、『星の嘆き』あるいは『大いなる虚無』と呼ばれる現象についての記述が僅かながら存在する。それは、特定の周期で世界の生命力が減退し、その隙を突くようにして次元の狭間から染み出す『無を好む力』…。形ある敵ではなく、じわじわと万物の生気を奪い、世界を色褪せた抜け殻に変えてしまう、恐ろしい疫病のようなものだと…」


ポチ子が、ケンジの肩で小さく震えた。


「ぷるる…(ケンジ、エルダー・スライム様も言ってた…。古代のスライムさんたちは、その『虚無の影』の侵食を食い止めるために、世界のあちこちにある『龍脈』の要所…『星のツボ』みたいな場所に、自分たちの命を削って特別な結界を張ったんだって…)」


フィリアス師は目を見開く。


「なんと…!『龍脈の守り手』の伝説は、スライムたちのことであったか!」


会議の結果、当面の目標は三つに絞られた。


一つ、カゲウス村とドリアンコ町周辺の「虚無の影」の正確な侵食状況を把握し、ガイア様(大地の守護神スライム)の結界と連携して、その拡大を断固として封じ込めること。


二つ、古代スライム遺跡のさらなる調査を進め、「虚無の影」に対抗するための知識や、「希望の種」たる古代スライムたちの保護と覚醒を急ぐこと。


三つ、カゲウス村とドリアンコ町間の安全な連絡網と補給路を、スライム街道の完全整備によって確立すること。


「広範囲での連携と、迅速な情報共有が不可欠ですな」


バルガス氏の言葉に、ケンジは頷いた。


「はい。そこで、新しいスライムに協力してもらおうと思っています」


ケンジが目を付けたのは、ピジョンポッポ君(伝書スライム・改)の中でも特に感受性が鋭く、仲間同士で微弱な「ぷるぷる信号」を送り合っていた数匹と、遺跡で出会った「こだま響かせスライム(エコーちゃん)」たちの持つ「共鳴」の力だった。


「みんなの心を一つに繋ぐ、優しい絆のネットワーク…進化だ!『思念ネットワークスライム・リンクルちゃん』!」


ケンジが、特製「シンクロ率アップ♪メロディゼリー(虹色に輝き、食べると頭の中で賛美歌が流れるらしい)」を与え、ポチ子のテレパシー能力を中継点とするようにイメージを送りながら、「心と心で通じ合う、愛と友情のハーモニーグルーミング(今回はアカペラ)」を施すと、スライムたちは淡い光の糸でお互いを結びつけるように、新たな姿へと進化した!


リンクルちゃんたちは、ケンジが「接続許可」を出した特定の数人の間で、短距離ながらも直接的な思念(簡単な言葉やイメージ、感情など)を、まるで脳内に直接語りかけるように送受信できる、一時的なテレパシーネットワークを形成する能力を身につけたのだ!


早速、ケンジ、バルガス氏、サブローの間でテスト通信が行われた。


「(バルガス殿、聞こえますか?私の心に直接、お返事をどうぞ!)」


「(むっ!?こ、これは…直接…!まるで若い頃に読んだ騎士道物語のようだ…!しかし、ケンジ殿、昼食の献立まで聞こえてきておるぞ…サンドイッチと、あと何だ、スライムゼリーか?)」


バルガス殿につづきサブローもわめいた。


「(ああっ!俺の心の声もだだ漏れだ!今日の晩飯は肉じゃががいいなー、なんて考えてたのがバレちまう!)」


「ぷるる!(ケンジ、リンクルちゃん、すごいけど…プライバシー設定、大事!)」


初交信は若干の混乱と笑いを伴ったが、その戦略的価値は計り知れないものがあった。


戦略会議での決定に基づき、数日後、カゲウス村とドリアンコ町の第一次合同調査隊が結成され、ヌメヌメ大湿原内の「虚無の影」の侵食が特に進んでいると報告されたエリアへと出発した。


その目的は、侵食の正確な範囲と進行速度の把握、そして可能であればその「発生源」の特定である。


この調査隊メンバーは、ケンジ、ポチ子、サブロー、そして護衛兼サポーターとしてヌマゴン(対瘴気・完全防護モード)、ピカリンちゃん(瘴気濃度可視化モード搭載)、きよらちゃん(浄化フィールド常時展開)、モグバスくん数匹(先遣隊)。


そしてドリアンコ町からは、バルガス氏と屈強な護衛兵数名、それからフィリアス師の助手である若き錬金術師ラミレス(瘴気のサンプル採取と分析担当)が参加した。


リンクルちゃんが、ケンジとバルガス氏、そしてカゲウス村で作戦指揮を執るフィリアス師との間で、重要な連絡を取り持つ。


調査隊は、瘴気に侵され、不気味な静寂と淀んだ空気に包まれた湿原の奥深くへと慎重に進んでいく。一歩足を踏み入れるごとに、生命の気配が希薄になり、植物は枯れ果て、水は黒く濁り、普通の人間なら数時間で精神にも異常をきたしそうな悪環境だ。


しかし、きよらちゃんの放つ清浄な光が調査隊の周囲に安全な空間を作り出し、モグバスくんたちが瘴気に汚染された地面を健気に「もぐもぐ!」と浄化していく。ヌマゴンが瘴気を帯びた倒木や岩をものともせず道を作り、ピカリンちゃんが目に見えない瘴気の流れを可視化して警告を発する。


そしてポチ子が、瘴気の中でも微かに感じ取れる「生命の嘆き」や「虚無の気配が濃い場所」をケンジに伝える。


それを見ていたバルガス氏やドリアンコ町の護衛兵たちは、この世のものとは思えない過酷な環境で、次々と超常的な能力を発揮して道を切り開くスライムたちと、それを冷静沈着に、そして愛情深く指揮するケンジの姿に、もはや驚きを通り越して畏敬の念すら抱いていた。


「これが…選ばれしスライムマスター…そして、スライムという種族の、我々が知らなかった真の力なのか…」



【一方その頃…世界の危機など全く感知せず、「魔王の力の源泉(という名のただの泥沼)」の攻略に情熱を燃やす勇者一行】

魔法使いインテリオの日誌(もはや、その文体は一周回って文学的ですらある)


勇者様が、数日前より『魔王の力の源泉』と認定された泥沼(硫黄臭がする、ただの温かい泥沼)の攻略に着手された。曰く、『この泥沼こそが、世界を覆う邪悪な瘴気の発生源であり、これを破壊すれば、魔王は力を失い、世界には平和が訪れる!』とのこと。あまりの論理の飛躍に、私の思考回路はショート寸前だ。 攻略方法もまた独創的である。


まず、勇者様自らが泥沼に飛び込み、『我が聖なる勇者の体液(主に汗と鼻水)をもって、この邪悪な泉を浄化する!』と宣言。数分後、泥まみれで這い出てきて、『うむ、浄化完了!』と満足げであった。もちろん、泥沼に変化はない。


次に、マッスルンダー(ピヨちゃんと共にいつの間にか合流。ピヨちゃんは泥沼を嫌って遠くの木の上から見物)が、『ウス!チカラワザ!』と、泥沼に向かって巨大な岩石を投げ込み始めた。泥が派手に飛び散り、我々全員が泥まみれになっただけだった。


そして今、勇者様は『ならば最終手段だ!この泥沼の水を全て飲み干し、力の源泉を枯渇させてくれる!』と、本気で泥水を飲もうとしている。誰か、この哀れな英雄(だったかもしれない男)に、現実というものを教えてやってはくれまいか…いや、もう手遅れか…。




ケンジたちの合同調査隊は、瘴気の濃度が最も高いと思われるエリアの中心部――周囲の木々は完全に枯れ果て、地面はひび割れ、空気はまるでガラスの破片のように肌を刺す、禍々しい場所にたどり着いた。


そこには、魔物でもなく、自然現象でもない、まるで空間そのものに「穴」が空き、そこから「虚無のエネルギー」としか言いようのない、黒く冷たい何かがとめどなく染み出しているような、異様な光景が広がっていた。


ドリアンコ町の錬金術師ラミレスが、震える手で瘴気濃度測定器をかざすが、計器は異常な数値を叩き出した直後、パキン!と音を立てて壊れてしまった。


「そ、測定不能…!こんな濃密な負のエネルギー、見たことも聞いたこともありません…!」

「これが…『虚無の影』の、この地域における浸食源…」


バルガス氏が、歴戦の勇士である彼ですら、その光景に戦慄を隠せない様子で呟く。


その時、ケンジの肩にいたポチ子が、ひときわ強く震えながら、その「穴」の中心部を指し示した(ように体を向けた)。


「ケンジ…!あそこ…あの『穴』の…まん中に…何か…何かいる…ううん、いた…の?すごく…すごく大きくて…すごく悲しくて…そして、すごく古い…『スライムの大きなカケラ』みたいなものが…そこで…ずっと…泣いてる…!」


ポチ子のテレパシーが、悲痛な響きを帯びてケンジの心に流れ込む。


ケンジは、その「虚無の穴」の奥をじっと見つめた。そこには、ただの闇ではない、何か得体の知れない、しかし強大な存在の気配が感じられる。


そして、ポチ子が言う「スライムの大きなカケラ」とは一体何なのか?古代スライムたちが封じ込めようとしたものの正体?それとも、封印そのものの一部…?


この「虚無の影」の発生源の秘密、そして古代スライムたちが遺したさらなる謎と使命が、今、ケンジの目の前に、あまりにも重く、そして広大に横たわっていた。


「みんな、もう少しだけ進んでみよう。何があっても、僕たちが絶対に止めるんだ」


絶望的な光景の中にも、かすかな希望の糸口――ポチ子が感じ取った「スライムのカケラ」の存在――を信じ、ケンジは静かに、しかし力強く言った。


その背中には、いつしか、一つの村だけでなく、この世界の未来をも背負う覚悟が宿り始めていた。


ケンジの言葉に呼応するように、仲間スライムたちが、それぞれの光と力を、一層強く輝かせ始めた。

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