第2話ヌメヌメ新生活と衝撃スライム第一号、あと勇者の残念日誌
さて、勇者パーティーを華麗に(?)追放されたケンジと、その懐でぷるぷる震える相棒のポチ子(元パーティーマスコット兼雑用係スライム、ケンジ命名)。
この彼らが新たな生活の地に選んだのは、人跡未踏(主にヌメヌメすぎて誰も踏み入りたくないだけ)の「ヌメヌメ大湿原」であった。
「うーん、壮観なヌメり具合だね、ポチ子!」
ケンジは湿原の入り口(と思われる、多少なりとも地面が固そうな場所)に立ち、感動したように言った。目の前には、地平線の彼方まで続くかのような、深緑と茶色がまだらに混じる、文字通りヌメヌメとした湿地帯が広がっている。
そこには時折、正体不明の泡が「ぽこん」と浮かんでは消え、カエルなのか魚なのか判別不能な生物の鳴き声が響き渡る。常人ならば眉をひそめ、三歩後ずさりして逃げ帰るであろう光景だ。
だが、ケンジは違った。彼の目には、このヌメヌメ地帯が、無限の可能性を秘めたスライムたちの楽園、そして彼自身の新たな城に見えていたのである。
「よし、まずは拠点作りだ!ポチ子、ちょっと手伝ってくれるか?」
「ぷるるん!(まかせて!)」
ポチ子はケンジの肩から飛び降りると、得意の「スライム体当たり・ソフトタッチバージョン」で、手頃な大きさの倒木の内側をせっせと清掃し始めた。
ケンジもその間に、周囲で比較的乾いたコケや丈夫そうなツタを集める。小一時間もすると、倒木の中は意外と快適な「ケンジとポチ子の秘密基地・バージョン0.1」へと姿を変えていた。
「ふぅ、ひとまずこんなものかな。さて、次は…食料と水の確保、それから…おお!」
ケンジが今後の計画を立てようとした瞬間、彼の足元で何かが「ぬちゃ」と音を立てた。見れば、それは泥そのものにしか見えない、こげ茶色の不定形なスライム。
…いや、スライムと呼んでいいのかすら怪しい、ただの「動く泥だんご」である。通常のスライムが持つ最低限の弾力性すら感じられない。
「これはまた…なんというか、原始的というか、やる気が感じられないスライムだねぇ」
ケンジが指でつついてみると、その泥だんごスライムは「むにゅ…」と小さく震えただけで、特に反応らしい反応も示さない。そこらへんの泥と区別がつかないレベルだ。
(よし、こういうポテンシャルが未知数な子ほど、グルーミングのし甲斐があるんだよね!)
スライム美容師の血が騒ぐのをケンジは感じた。
「君に決めた!僕の記念すべき『ヌメヌメ大湿原・進化スライム第一号』は君だ!名前は…そうだな、『ヌマドロ君』! そのまんまだけど、愛着が湧くだろ?」
ケンジはヌマドロ君(仮)を両手でそっとすくい上げると、秘密基地へと持ち帰った。
そして、おもむろに取り出したのは、愛用の「スライム専用オーガニックオイル(今回はワイルドハーブの香り)」と、さまざまな形状の「スライム用あかすり(極小サイズ)」、「ぷるぷる美肌ブラシ(硬さ三種)」である。
「さあ、ヌマドロ君、綺麗になろうね~。まずは君のその素敵な泥ボディに含まれる不純物を、この特製フィルターゴケで濾し取って…うんうん、泥の粒子が細かくなってきたぞ。次にこのオイルで優しくマッサージして…おや?なんだか手触りが変わってきた…?」
ケンジが愛情を込めてヌマドロ君を磨き上げ、マッサージし、語りかけること約一時間。 最初はどう見てもただの泥だんごだったヌマドロ君の表面が、次第に滑らかさを増し、色も濃いこげ茶色から、まるで磨き上げられた黒曜石のような、鈍い光沢を帯びた黒へと変化していった。
そして、その形状も、ただの不定形から、どこかカクカクとした、それでいて頑丈そうな塊へと変わり始める。
「これは…まさか!」
ケンジがゴクリと息をのんだ瞬間、ヌマドロ君――いや、もはやヌマドロ君と呼ぶのもはばかられるほど変貌を遂げた彼は――カチン!と硬質な音を立てて、その姿を完全に安定させた。
それは、まるで黒い金属でできた、歪だがしっかりとしたレンガブロックのような姿だった。
ケンジが試しに指で弾くと、カン!と澄んだ音がする。
「すごいぞ!君はもしかして…『メタル化湿原スライム』に進化したのか!?名前は今日から『カッチンコッチン・ヌマドロ君一号』だ!」
ケンジが興奮して叫ぶと、カッチンコッチン・ヌマドロ君一号(長い)は、そのブロック状の体の一部を器用に「にょきっ」と伸ばし、ケンジの頬にすり寄ってきた。硬いが、なぜか温かい。
「君、もしかして形も変えられるのかい?」
ケンジが尋ねると、ヌマドロ君一号は、カコン、カコン、とリズミカルな音を立てながら、平たい板になったり、お椀型になったり、ナイフのような鋭利な形になったりと、自在にそのフォルムを変化させてみせた。
しかも、その硬度はかなりのものらしく、そこらの石よりよほど頑丈そうだ。
「これは…すごい!これなら、この湿原でも快適な家が作れるぞ!ありがとう、ヌマドロ君一号!」
ポチ子も「ぷるぷる!(やるじゃん!)」と祝福するように跳ねている。
こうして、ケンジのヌメヌメ大湿原での新生活は、衝撃的な進化スライム第一号「カッチンコッチン・ヌマドロ君一号」の誕生と共に、幸先の良い(そして予想外に便利な)スタートを切ったのであった。
◆
【一方その頃…勇者バーンナックル・ゴリマッチョ一行の冒険日誌(魔法使いインテリオ代筆疑惑)】
×月△日 天気:ダンジョン(カビ臭い)
忌々しい。実に忌々しい。 我が勇者パーティー『マッスル・インパクト・レボリューション』は、今日も今日とて薄汚いゴブリンの巣穴で泥にまみれている。
これも全て、あの役立たずのスライム係(名前すら忘れた)を追放してしまったせい…いや、違う!断じて違う!あれは勇者様のご英断であり、我々はより精強なパーティーへと生まれ変わったのだ!…はずなのだが。
どうも最近、調子が悪い。 まず、食事がまずい。以前はあんなに美味だった干し肉が、ただの硬い獣の死骸にしか感じられない。保存食のクラッカーも、なぜかすぐに湿気る。まさかとは思うが、あのスライム係、保存食管理用の特殊スライムでも隠し持っていたというのか?馬鹿な。
つぎに、道に迷う。頻繁に。勇者様は「我が直感こそ最高の地図!」と豪語されるが、その直感は大概、行き止まりかモンスターハウスへと我々を導く。以前は、あのスライム係が放った豆粒のようなスライムが、こっそり安全なルートを教えてくれていたような…いや、気のせいだ。我々は見えざる何かに導かれているのだ、きっと!(悪い方向に)
極めつけは、怪我が多い。些細な切り傷、打撲、毒草によるかぶれ。以前なら、いつの間にか治っていたり、そもそもそんな目に遭わなかったりした気がする。あのスライム係、まさか回復薬を塗布するスライムや、解毒作用のある粘液を出すスライムまで…?いやいや、考えすぎだ。我々の不屈の精神力が、以前より少しだけ低下しているだけだろう。そうに違いない。
勇者様は今日も「力が…力が漲るぅぅぅ!」と叫びながら、壁に頭突きを繰り返しておられる。あれはきっと新手の修行なのだろう。
マッスルンダーも「ウス!チカラ!ミナギル!」と雄叫びをあげて勇者様の頭突きを応援している。…ああ、頭痛がしてきた。
とにかく、だ。あのスライム係がいなくなってからというもの、どうにもこうにもパーティー内の「潤滑油」的な何かが失われた気がしてならない。…まさか、スライムの粘液が潤滑油だったとか、そんなオチではあるまいな?
ああ、早くこんな底辺ダンジョンから脱出して、王都のふかふかベッドで眠りたい。できれば、誰か私の代わりにこの日誌を書いてくれればいいのに。肩も凝るし、ペンだこも痛いのだ。
追伸:勇者様が、さっきゴブリンに投げつけられた汚物を「聖なる遺物かもしれん!」とか言いながら拾ってきて、私のカバンにしまい込んだ。泣きたい。
◆
ケンジは、そんな元パーティーメンバーたちの悲惨な(しかしどこか滑稽な)現状など知る由もなく、カッチンコッチン・ヌマドロ君一号と共に、拠点作りに精を出していた。
このヌマドロ君一号は実に有能で、ケンジが「床!」と念じれば頑丈な床材に、「壁!」と願えば風を通さない壁材に、そして「お風呂!」と閃けば、なんと保温機能付きの快適な湯船(ただしお湯は別に確保が必要)にまで変形してくれたのだ!
「これはまさに…スライム・ドリームハウスだ!」
ケンジは、泥と湿気とは無縁の、快適なログハウス(ヌマドロ君一号製)の基礎があっという間に出来上がっていく様に、感動の涙を禁じ得なかった。 ポチ子も新しいお家が嬉しいのか、ヌマドロ君一号の周りを楽しそうに跳ね回っている。
「よし、ヌマドロ君一号! 明日はこの調子で、屋根と家具を作ろう! そして、もっとたくさんのスライム仲間を見つけて、ここを世界一のスライムパラダイスにするんだ!」
ケンジの瞳は、少年のようにキラキラと輝いていた。 彼の、そしてスライムたちの、ぷるぷるでカチカチな(?)大冒険は、まだ始まったばかりである。
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