追放されたスライム専門美容師、追放先でうっかり世界を掌握しかける

椎名シナ

第1話 スライム専門美容師、パーティーを追放される

「よしよし、ポチ子、今日もいい艶が出たぞ。毛穴(?)の汚れもスッキリだ。これで明日の戦闘もバッチリだな!」


ここは薄暗いダンジョンの片隅。焚き火の光に照らされながら、ケンジは愛用の「スライム専用オーガニックオイル(ベリーの香り)」を手に、戦闘でドロドロになったスライム――パーティーのマスコット兼雑用係のポチ子(ケンジ命名)――の体を丹念に磨き上げていた。


そのポチ子は気持ちよさそうに全身をぷるぷると震わせ、心なしかその体の透明度と弾力が増したように見える。


「……おい、ケンジ。貴様、まだそんな無駄なことをやっているのか」


背後から聞こえてきたのは、勇者バーンナックル・ゴリマッチョ(自称:『筋肉と正義の伝道師』)の、不機嫌を隠そうともしないドスの利いた声だった。


その隣には、いつも勇者の腰巾着よろしく追従する魔法使いのインテリオと、脳みそまで筋肉でできていると噂の戦士マッスルンダーが、これまた呆れた顔で立っている。


「無駄ではありませーん、勇者様! ポチ子だってデリケートなんです。こうして日々ケアすることで、彼女の潜在能力が引き出され、パーティー全体の戦力アップに繋がるんですよ? 例えば、ほら、今日のポチ子、心なしか昨日よりジャンプ力が増してる気がしませんか? これは僕の愛情グルーミングの…」


「気がするだけだ、たわけが!」


バーンナックルの怒声がダンジョンに響いた。手に持っていた巨大な両手剣(その名も『ブッ叩き丸』)の切っ先が、ケンジの鼻先すれすれを指す。


「いいか、ケンジ! 我々は魔王を倒し、世界に平和をもたらす勇者パーティーだ! スライム一匹の機嫌取りが任務ではない! 貴様のその『スライムつやつや』スキルとやらは、我がパーティーの威信を著しく貶めている! もう我慢ならん!」


インテリオが、これ見よがしにため息をつく。


「そもそも、スライムに潜在能力など…失笑ものですね、勇者様。彼の存在自体が、我々の輝かしい戦歴における唯一の汚点ですわ」


マッスルンダーも、


「ウス! オテン! ヨゴレ!」


と力強く同意する。どうやら彼は二文字以上の言葉を覚えるのが苦手らしい。


(汚点かぁ…ポチ子、こんなに可愛いのに…それに、この間の毒沼だって、ポチ子改め『解毒コーティング・ポチ子MAX』がいなかったら、勇者様の自慢の筋肉、毒でデロデロになってましたよね? 僕が徹夜でポチ子を進化させたこと、誰も知らないんだろうなぁ…)


ケンジは内心でぼやいたが、口には出さなかった。言っても無駄なことを、この数ヶ月で嫌というほど学習していた。


バーンナックルは、ケンジのそんな殊勝な(ように見える)態度を、反省と受け取ったのか、あるいは単に自分の声の大きさに満足したのか、一度大きく頷くと、最終通告を叩きつけた。


「よって、ケンジ! 貴様を本日ただ今をもって、我が勇者パーティー『マッスル・インパクト・レボリューション(略してMKI)』から追放する!」


「えええええ!?」


さすがのケンジもこれには素っ頓狂な声を上げた。


(追放? この僕が? ポチ子のお世話はどうなるんだ?)


「異議は認めん! これは決定事項だ!」


バーンナックルはビシッと指を突きつける。


「餞別だ、これを持ってとっとと失せろ! そして二度と、そのふざけたスライムいじりを我々の輝かしい道のりの上で見せるな!」


そう言って彼がケンジの手に握らせたのは、なけなしの金貨たったの3枚と、半分かじられた干し肉一切れだった。


さらに追い打ちをかけるように、インテリオが「ポチ子はこちらで『処分』しておきますから、ご心配なく」と冷たく言い放つ。


「ポ、ポチ子を処分ですって!?」


ケンジは血相を変えてポチ子を庇おうとしたが、マッスルンダーの巨体に阻まれた。


「安心しろ、ケンジ君」


バーンナックルは、なぜか少しだけ同情的な(ように見える)目をした。


「『処分』とは言っても、ただこのダンジョンに置いていくだけだ。スライムごとき、すぐに他の魔物にでも食われるだろう。それが自然の摂理というものだ」


(なんてこった…この人たち、本気でスライムのこと、ただの消耗品としか思ってないんだ…!)


ケンジは怒りを通り越して、ある種の使命感に燃えた。


(見てろよ…僕の『スライムつやつや』…いや、【スライム・ポテンシャル・マキシマイザー】の真の力を! 君たちが見捨てたこのポチ子と一緒に、世界中のスライムを幸せにしてみせる! そしていつか、君たちが僕の足元に泣きついてくる日が来るんだ…! その時は、スペシャル高級スライムオイル(有料)で、君たちのカサカサになった心を潤してあげようじゃないか!)


口元に不敵な笑みを浮かべかけたが、すんでのところで理性(と、今後の生活へのわずかな不安)が働き、神妙な顔で深々と頭を下げ、


「…今まで、ありがとうございました。勇者様のご武運を、陰ながらお祈り申し上げておりますー」


と、棒読みで言った。


こうして、スライム専門美容師ケンジは、勇者パーティーから追放された。


なので仕方なく金貨3枚と干し肉半分を握りしめ、ケンジは(こっそりインテリオの荷物から回収した)ポチ子を懐に忍ばせ、パーティーとは逆方向へと歩き出す。


「さて、ポチ子。僕たちの新しい楽園はどこにあるかな? とりあえず、スライムがたくさんいて、僕らの邪魔をする脳筋勇者がいない場所がいいよな?」


懐のポチ子が「ぷるるん!」と元気よく応えた。その振動は、まるで新しい冒険への期待に満ちているかのようだった。


そこでケンジの足は、自然と「ヌメヌメ大湿原」へと向かっていた。 そこは、ありとあらゆる種類のスライムが生息すると言われる、スライム好きにとっては聖地のような場所(一般人にとってはただの汚い湿地帯)。


そして、勇者バーンナックル・ゴリマッチョが、最も嫌いそうな場所でもあった。


「よし、決めた!目指すはヌメヌメ大湿原!僕とポチ子の、そしていつかは世界中のスライムたちのための理想郷、『ケンジ☆スライムパラダイス』を建設するんだ!」


こうして、一人の美容師と一匹のスライムの、壮大で、ちょっぴり(かなり?)ユーモラスな伝説と奴らを見返す冒険が、今、幕を開けたのだった。

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