第6話

 すっかり腹落ちしない気持ちで、私はこのことを顧問に報告した。顧問は歯ぎしりする勢いで憤り、放課後の職員室は「職員会議中」の札がかけられ立ち入り禁止となった。

 元々、私の佐々浦への訪問は生徒たちには知らされておらず、私自身も広めなかった。佐々浦やポンタ、そして教師たちに口止めされていたのもあるが、面白半分で佐々浦の家を訪れる生徒が現れるかもしれない。佐々浦は実行しないと言ったが、教師からの刺客だと早合点した彼がポンタを破壊する想像をしてしまう。ふいのことにポンタが驚いて逃げ出し、車に轢かれる可能性も考える。本当に泥棒に知られて盗まれることだってあり得る。私の心配は黒雲のように心の中で湧き上がり、口を噤ませた。

 二日、三日と経っても、誰もがポンタを捜していた。狸の目撃情報を求めて新聞やネットニュースをチェックし、保健所に問い合わせる者までいた。私はいたたまれず、佐々浦がポンタを学校に連れてくる日を今か今かと待ち続けた。

 ポンタのいない学校は、想像以上に寂しい。朝に玄関で交わされる挨拶にも覇気がなく、みんなが物足りなさを感じている。たった一匹の狸にどれだけ心を癒されていたのか、みんなが痛感している。

 私が佐々浦の家を訪れた翌週、校内の全員が、愛しのポンタの声を耳にした。

「みんなー、こんばんは!」

 自宅で課題と取っ組み合っていた私は、慌てて鞄からタブレットを引っ張り出した。画面にはポンタの白い毛皮に黒い模様の顔がアップで映っている。

「心配かけてごめんなさい。ぼくは無事です。屋根のあるところで、たっぷり眠って遊んでいます」

 背景のグレーの壁は、佐々浦の部屋で見た壁紙の色だ。彼がカメラを向けて動画を一斉送信しているに違いない。ポンタは元気そうにふわふわの毛の中で目をぱちくりさせている。

「学校の外に遊びに行きたくて、家出してました。みんなに何も言わなくて、本当にごめんなさい」

 耳を伏せてしょげかえり、ポンタはふるふるとその頭を振った。

「そろそろ学校に帰ろうと思います。その前に、先生たちにお願いがあります。ぼくだけお休みをもらうのは悪いので、学校を一日お休みにしてください。先生にもみんなにも、ゆっくりしてもらいたいの」

 ポンタは教師も生徒も誰一人学校に来ることのない臨時休校を求めていた。それが佐々浦とポンタの本当の目論みだと悟る。だけど理由が分からない。ポンタがみんなも休ませてあげたいのは本心だろう。だけど、他にも何かしらの理由があるとしか思えなかった。

「先生、お願いします。みんながお休みした後、ぼくはすぐに学校に帰ります。また元気いっぱいのみんなに会いたいです!」

 まるで終業式の校長のようなことを言って、ポンタがぺこりと頭を下げて目をぱしぱしさせると、画面は暗転した。ほどなくして華織や野瀬部長たちから怒涛の連絡が入るまで、私は呆けた自分の顔が映る真っ暗な画面を見つめていた。


 当然、翌日の学校は大騒ぎだった。

 佐々浦の本当の目的が臨時休校であることは、私の中では既に明確だ。ポンタを使って一斉配信をすることが、彼の最後の切り札だったのだ。

 現に、生徒たちの騒ぎは到底抑えきれないものになっている。

「ポンタを返せ」「臨時休校求ム!」

 壁にはそんな言葉が張り出され、面白半分、本気半分の声が全校からあがった。ポンタが無事だと判明したからには、その詳細など大した問題ではない。彼が学校を一日休みにするだけで戻ってくるのなら、私たちが声を一つにして休校を訴えるのは当然だ。生徒と教師たちがぶつかり合うさまは、まるで暴動を起こす市民と、盾を手に押しとどめる警官隊のようだった。とても授業どころの騒ぎではない。

「面白いことになっちゃった」

 お昼に席でサンドイッチを食べながら、我が友のひとり、華織は不敵な笑みを浮かべた。今日は一限から自習が言い渡されたが、誰もがこの騒ぎに乗じて帰ろうとはしない。まるで祭りのような空気感で、廊下ではクラスも学年もごたまぜになった生徒たちが、教師へ抗議をすべく行進している。

「佐々浦もこんな時に謹慎だなんて、ついてないね」

 空いた席を視線で示す彼女に、私は曖昧に頷いた。既に佐々浦がテスト問題漏洩犯であり、現在自宅謹慎中であることは周知されていたが、ポンタが彼の元にいることは、生徒の中では私一人しか把握していない。

「ポンタテロ。これは今後語り継がれる大事件だよ」

「略してポンテロか」

 何気ない顔を装って、お弁当箱のブロッコリーを箸でつまむ。私のポンテロがツボに入ったのか、華織は口の端に卵の破片をつけたまま、しばらく笑い続けていた。

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