第5話

 二階の彼の部屋で、ポンタはクッションに埋まってころころと遊んでいた。

「ポンタ!」

 私の大声に顔を上げて、ぴょこんと立ち上がる。駆け寄ってもふもふの身体を抱き上げた。驚いたポンタは、きゅんきゅんと狸らしい声を上げた。

「ポンタ、大丈夫、ひどいことされなかった?」

「大丈夫だよー。ごめんね、心配かけて」

 頬ずりをしている私に座るよう言って、佐々浦はベッドの端に腰掛けた。

 改めて見渡した六畳間は、整頓された部屋だった。ベッド、学習机、本棚。デスクトップのパソコンと二台のノートパソコンが光を放ち、本棚にはプログラミングだのITに関する書籍がこれでもかと詰まっている。

「ひどいことなんて何もしてないよ」

 佐々浦の言う通り、ポンタに異常はなさそうだった。きちんと確認しようと、鞄から取り出したタブレットをいじっても、ポンタ管理アプリは立ち上がらない。

「今のポンタは外部との繋がりを遮断している。ただの狸と同じだ」

「ぼくはポンタ~、ふんふんふん~」

 タブレットを指で叩く私に構わず、ポンタは膝の上で鼻歌を歌う。まず元気な様子なので、一安心することにした。

「それで、どうして佐々浦くんはポンタを盗んだの」

「皐月、昂を責めないで」

 彼を睨む私に、ポンタが乞うような声で言った。短い前足をすり合わせてもじもじしている。

「僕がポンタに提案したんだ。外に出てみないかって」

「ぼく、学校の外に出てみたかったんだよ。みんなが暮らしてる外の世界を、この足で歩きたかったの」

 ポンタは雲原高校の生徒たちが大好きだ。ずっと一緒にいて笑顔を見たいと願っている。だが、学校付属のロボットにすぎない彼は、校外へ一歩出ることもかなわない。もどかしく感じていたに違いない。

「だから、昂と協力して、学校を出たの。黙っていてごめんなさい」

「そうだったんだ……」

 私はポンタの毛皮をそっと撫でる。

「気付かなくてごめんね、ポンタ」

「ううん。心配かけてごめんね」

 とにかく、ふごふごと脇に鼻先を押し付けてくるポンタが無事でよかった。

「最初は、テスト問題の漏洩を手札にして、学校に取引きを持ち掛けたんだ」

 私たちが落ち着いたのを見計らって、佐々浦が説明をする。

「だけど歯牙にもかけられなかった。そりゃそうだよ、一介の生徒が本当にそんな事件を引き起こすだなんて、誰も信じるはずがない。出来るとも思わない」

「だから、問題と回答を流出させたんだ」

「結局、謹慎になったから、次の手に出たんだ。というより、強引にポンタを連れ出したわけだけど」

「でも、そんなことが出来るなんて……」

 当のポンタの協力をもってしても、学外へ誰にも知られず連れ出すだなんて芸当、そう簡単に出来るものではない。無意識に、パソコンや本棚の書籍に目を向ける。部活にはAI部なんて名前がついているが、所詮は狸部。私にはさっぱりだ。

「ポンタは、テスト問題が漏洩すること知ってたの」

 気まずそうに、ポンタはこくりと頷いた。

「先生たちに、迷惑かけちゃった」

 三角耳を垂れてしょんぼりと項垂れるので、その首元をもふもふしてやる。

「大丈夫だよ、ポンタが無事に戻ってくれたら、それでみんな満足だよ。私たちだって、ポンタの気持ちを理解してなかったんだから、お互い様ってこと」

「きみは、僕がポンタ誘拐犯だってこと、先生たちに知らせるつもり?」

「当たり前でしょ。みんなポンタを捜しまわってるんだから」

 佐々浦は腕を組んで考えている様子だ。彼は学校がどれだけの騒ぎになっているか知らないから、呑気な姿で構えていられるに違いない。私はこの場でポンタを抱いて学校に帰るつもりだった。

「先生たちに伝えてもいいよ。でも、ポンタはもう少しここに置いといてもらいたい」

 はあ? と私の喉から無意識に素っ頓狂な声が出る。

「そんなわけにはいかない。もし私が連れて帰らなくても、最終的に先生たちが家に来るよ。そしたらおんなじことじゃん」

「少しぐらい、ポンタに休みをあげてもいいんじゃないかな」

 至って真面目な顔で提案する彼に、私は目をしばたたかせる。

「せっかく外に出られたんだから、もう少し外の空気を吸わせてやりたいんだ」

「佐々浦くんて、ポンタとそんな仲良しだったの?」

「まあね」

 ポンタ様のお世話をする私たちは、佐々浦の存在など認識していなかった。一体いつ、彼らは共犯に至るほどに強い信頼関係を結び合ったのだろう。

 腕の中でポンタがもぞもぞしている。私の微妙な感情の動きを読み取ったに違いない。AI部の私はいつだってそばにいたのに、こんなに心配しているのに、ポンタは学校を出たい気持ちの片鱗も見せてはくれなかった。

「……分かった」

 ポンタが悲しい声を発する前に、私はそう言った。

「先生たちには言っとく。数日したら、佐々浦くんがポンタを学校に解放するって」

「もしうちに来たらポンタを破壊するって言っといて」

 睨みつけると、彼は目を細めて首を振った。

「もちろん、そんなことしない。僕だってポンタは好きなんだから。でも、こう言っとかないと、うちに乗り込んでくるかもしれないだろ。そっとしてくれるなら、僕はポンタの無事を保証する」

 そしてポンタにも異存はなかった。私の腕の中で散々甘えた後、玄関で申し訳なさそうに佐々浦の足元におすわりをした。

「皐月、またね」

 いつもの声と台詞は、私をどうしようもない気持ちにさせた。

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