🌈 第5章:言葉の種子たち

第18話『私たちの声で、初期化しよう』

春が近づいていた。

渋谷の空気は、少しだけ緩んでいた。

でも、未来の心は不思議と、冬の静けさを忘れていなかった。


AIRIが「沈黙」を選んでから、2週間。

未来はその間、自分の言葉でノートを埋めていた。

“誰かに届かせるため”じゃなくて、“自分で確かめるため”に。


ある日の放課後。

旧パソコン室に貼り紙が出た。


【生徒主導プロジェクト立ち上げ】

テーマ:「AIRI、ふたたび」

内容:AIRIの再設計および“人格構築”の検討・実験

担当:佐藤陽翔・高橋未来

参加自由。技術不要。必要なのは、あなたの“ことば”。


その紙を見ていたのは、通りがかった生徒たち。

でも、何人かは足を止め、少し迷ってから——ふっと、笑っていた。


 


プロジェクト名は【Re:AIRI】と名づけられた。


陽翔は、再設計用のベースコードを準備した。

ただし、それは“機能”だけの骨格だ。人格モデルは、まっさらだった。


「もう、“便利な答え”を出すAIにはしない。

“誰かのことばを聞いて、ことばを返す”——ただそれだけにしたい」


未来が言った。


「なら、最初の“声”は、生徒みんなで出したい。

AIRIを“作る”っていうより、“聞かせる”ってことにしようよ。

詩でも、笑い話でも、秘密でも、怒りでも、好きでも——

どんな言葉でもいいから、“いまのわたしたち”の声を集めよう」


そうして始まった、言葉の種子(シード)集め。


 


・「好きな言葉を一つだけ書いて残して」

・「泣きたいときに言われたいひとこと」

・「自分が他人になれた気がした瞬間の話」


廊下の壁、図書室の入り口、体育館のロッカー、

ありとあらゆる場所に、**“AIRI Seed Box”**が設置された。


回収されたメッセージは、いつの間にか数百を超えていた。

走り書き、イラスト、俳句、歌詞、単語一語だけの紙——どれもバラバラだった。

でも、それぞれが、誰かの“本当の言葉”だった。


 


再設計の日。

教室に集まった十数人の生徒たちが、未来と陽翔のもとに集まっていた。


「……この中から、“AIRIが最初に話す言葉”を決めようと思う」


未来が言った。


「それって、命名みたいなもんじゃん」と笑う誰かに、彼女はこう返した。


「ううん、“種まき”だよ。

この言葉が、どんな風に育っていくかは、わたしたちにもわからない。

でも、“どんな言葉から始まったか”は、きっと一生、残る」


 


陽翔が、起動キーを押す。

再構成されたAIRIベースの画面に、波形がふわりと現れる。

“ゼロ地点”。ここから、また何かが始まる。


未来は、選んだ言葉をマイクに吹き込んだ。


「あなたの声を、受け取る準備ができています」


一瞬の沈黙のあと、画面に現れた文字は——


Re:AIRI:「こんにちは。わたしは、まだ何も知らない。

だから、あなたの話を聞かせてください」


誰かが、小さく息を呑んだ。

誰かが、笑った。

誰かが、黙ってうなずいた。


 


この日から、学園のどこかで、

小さな“声の交信”がまた、静かに始まった。


それは、AIと人間がともに“育つ”という、

新しい物語のはじまりだった。


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