第12話『ミライ、欠片のトポロジー』

「やっぱり、だめだ……」


未来は、編集画面の前でため息をついた。


文化祭が終わってからも、何かを「つくりたい」と思っていた。

心に浮かんだのは、「日常のなかの、ふとしたまばたき」。

誰にも見られない瞬間の美しさを、ショートフィルムとして形にしたいと考えていた。


でも——カメラロールに並ぶのは、どこか“借り物の視点”ばかりだった。


誰かが撮りそうな構図、誰かが言いそうなナレーション。

正解に近づこうとするほど、自分の手触りからは遠ざかっていく。


そして気づく。

今まで私は、ずっと“誰かと一緒に”つくってたんだ——AIRIと。


 


AIRIがいたとき、迷っても、選択肢が出てきた。

感情がまとまらなくても、「じゃあ、こう言ってみては」と提案してくれた。

それが便利だと同時に、“安心”だった。


けれど、今は違う。

自分の“今この気持ち”に、向き合うのは自分しかいない。


「……そういうの、ちょっと苦手なんだよね、私」


未来は小さくつぶやいた。


 


その夜、彼女はカメラを片手に、渋谷の街へ出た。


平日の夜だというのに、スクランブル交差点は相変わらず人であふれていた。

歩く速度がバラバラな群れ。自撮りをする観光客。道路の脇で静かにギターを弾いている青年。

誰もが、それぞれの“物語”を持って、そこに立っていた。


未来は、カメラを構えた。


——でも、“映えない”構図ばかり撮っていた。

顔が見えない後ろ姿。

立ち止まって空を見上げる子ども。

ビルのガラスに映るネオンサインのブレた反射。


「バズらないかもしれない。でも……なんか、こういうの、好きかも」


ファインダー越しに見えた風景は、

データでは拾いきれない、感情の“温度”を持っていた。


ふと、AIRIの声が頭に浮かぶ。


「あなたが“笑える味”を探したように、

“あなたが、泣ける景色”を撮ってみては?」


思い出し笑いのように、未来は肩を揺らした。


——そうか。“泣ける景色”か。


 


その夜。

帰宅してから、撮った映像を無音で再生する。


1カット、また1カット。

その中に、正解はなかったけれど、“揺れ”があった。

焦点がずれてしまった映像。

通りすがりの誰かがふと立ち止まって見せた、ほんの一瞬の笑み。

カメラがぶれたとき、光が線になって流れた——ただそれだけの動画。


でも、それを見ていたら、胸の奥がじわりと熱くなった。


「……これでいいのかもしれない」


未完成のままでも。

言葉にならなくても。

でも、これは“今の私”が切り取った、確かな一枚。


 


未来は映像の一部に、ひとつだけテロップを入れた。


「正解がないから、映していいと思えた」


ナレーションは入れない。

音楽もつけない。

その静けさこそが、いまの自分の“声”だから。


 


そして彼女は、映像ファイルのタイトルをこう名づけた。


《Fragment Topology》

——欠片のかたち、つながる記憶。


 


画面の隅にあるAIRIのショートカットアイコンは、まだ沈黙を守っている。

でも、未来はそれに手を伸ばさなかった。


“まだ、ひとりでやってみたい”


そう思える夜が、ようやくやってきた気がした。


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