6-8
みんなが生きていた証拠を残したいと思った。
そして世界が終わるのを、ちょっとだけ見たいと思ってしまったんだ。
もうすぐ時間が来る。
この世界が終わる時間だ。
人気のない山でも遠くから人の騒ぐ声が聞こえてきた。
声は一刻ごとに大きくなってくる。
人々の声はまるで呻き声のようだった。
緊急事態を宣言するサイレンも鳴り響いている。
こういう状況のことを地獄と呼ぶのだろう。私は、この状況を地獄だとは思わないが。
この世は極めて残酷なことを私は知ってしまった。
しかし同時に私は知ってしまった。
私は、こんな世界で生きる目的があることを。
私は自分の為に今を生きている。
『昨日生きれなかった人の分も生きろ』という台詞があるが、そんな台詞は大嫌いだ。私は今、他人の為に生きているのではない。
我ながらエゴにも程があるな、と呆れる。
私は鞄からスコップを取り出し、『四本の太い根の張った木の下』を掘り出した。
これほどまでに泥の匂いを嗅いだのは小学生以来だった。
制服にも随分土がかかっている。選択しても茶色の跡が残るであろうくらいには。
私はどんどん掘り進めていった。
足だけではなく、腕も疲労困憊している。時間が迫っていると思えば、火事場の馬鹿力でなんとか止まらずに腕を酷使し続けることができた。
掘っていると、何かがスコップに当たりカン、という情けない音がした。
周りを掘って手を泥だらけにしながら埋まっていたものを取り出す。――一つの古びたクッキーの缶であった。
「……これだ」
誰もいないのに思わず声が出る。
土が蓋周りを埋め尽くしていて、少し力を入れないと開かなかった。
そこには一つのレコーダーが入っていた。これは
確か――これは夏希がお兄さんにもらったとか、そんなことを言っていたような気がする。
とにかく私はそのレコードを再生した。
そこにはもう聞けない三人の声が大切に保管されている。
『十一月十二日、天――晴れです!』
『夏希、違――よ。今――は十四日』
『あ、十四日です! えっと、大人の――しへ、元気に――いますか? ……まだ水泳は続けていますか?』
『ども。秋穂です――で――』
『何か他に言う――ないの? 私は冬香です。絵を描くことが好きだから、もし――たら漫画家とかになっ――かも』
『漫画――って体力いる――いよ。身体の弱っちい冬香じゃ厳しいん――ない?』
『秋穂、そんな夢のない――言わ――の……大人のわ――、元気にして――すか? 親に迷惑かけずに過ご――いますか?』
『春ってほんと真――!』
『ずっと4人で仲良いられたら、私は十分だな』
という冬香の声でレコードは切れた。
音質が非常に悪く途切れ途切れにしか声は聞こえなかったが、なんとなく脳内で補完して内容は理解できた。
まだ純粋無垢だった頃の私たちの声だ。
冬香の声は最近まで聞いていたが、ひどく懐かしく感じた。
相変わらず冷たい態度をとる私を怒りたい衝動を抑え、私はレコーダーをクッキーの缶の中に入れ、自身の鞄から四通の手紙を取り出した。
私はその手紙もクッキーの缶の中に入れると、再びスコップで更に深い穴を掘る。
おそらく大丈夫であろうが、念のためというやつだ。
汗を手の甲で拭うと、頬に泥が付いた。だが、私はそんなものは気にしなかった。
誰にも見られなくていい。でも――これに一つも傷がつきませんように。
そう思いながらクッキーの缶を覆い被せるように土で埋めた。
綺麗に土を固めると、やれることを終えた私は力が抜けてしまった。
――あぁ、時間だ。
時間というものは有限である。いつか終わりは来る。
この世界が終わった後は、どうなるだろうか。また新しい生命が生まれるのだろうか。
そんなことを私は知る由もない。
しかし――人間でなくとも、きっと何かしらは繋がるはずだ。
私は酷く痛む足で、もう一度周りの景色を見に行った。
人の声は止むことがなかった。しかし、先ほどよりかは少ない。きっとみんな、地下か建物の中に入っていったのだろう。
自分の最期がこんな風になるなんて、想像もつかなかったな。
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