第6話 破竜

夜が、静かに深まっていた。


カグラの鍛冶場。炉の熱が、赤く闇を揺らしている。


イワナリは黙々と鉄を打っていた。

打つたびに、火花が散り、赤熱した鉄塊がわずかに形を変える。


「……来たか」


扉がきしみ、サイリが姿を現した。

その眼には、揺るぎない意志が宿っていた。


「そこに座れ」


イワナリは一瞥をくれ、ふんと鼻を鳴らす。


「やる気は、あるようだな。だが……」


鉄槌を止める。


「この刀はおそらく、ただの武器にはならねぇ。

お前の内面を写す、そういった刃になる。

それでも、お前は振るう覚悟があるのか?」


「守りたいって気持ちと、復讐心――両方とも、お前の中にある。

そいつを受け入れる覚悟は、できてんのか?」


サイリは少しだけ目を伏せ、口を開いた。


「……俺は、もう逃げない。

どんなに痛くても、あの夜に向き合う。

だから……この刃は、俺が俺を超えるためのものだ」


イワナリは黙って頷く。


「なら、始めよう。神銀と鋼を重ね、火と意志で鍛える――《魂打ち(たまうち)》だ」


白金の核が、ゆっくりと炉の中に沈められる。

金白の光が、炎と混ざり合って揺れる。


鍛冶の槌が、響く。

イワナリの動きは無駄がなく、精密だった。


その間、サイリは炉の傍に座り、刀の誕生を見届けていた。


だが――


(……?)


視界が、にじむ。

熱のせいではない。彼の内側に、あの声が蘇っていた。


――あなたは、けっしてひとりではないわ。


「……お前は……?」


サイリの意識が、再びあの森へと引き戻される。


そこには、あの夜、彼に祝福を授けた“妖精”の姿があった。

けれど、その姿はぼやけ、苦悶に満ちていた。


「……サイリ……あなたは、もう……“見える”ようになったのね」


「……っ、なぜ……こんな姿に」


「私は……もう、“わたし”じゃないの……。

シグレの瘴気に触れすぎた。

だから、あなたが、私を斬ってくれるのを待っているの」


サイリの拳が震える。


だが、妖精は静かに微笑んだ。


「……私は、安心したわ。

二年前のあなたは、独り善がりだった。

けれど今は、違う。

あなたは、他者を受け入れられるようになったわ」


「……俺は今まで復讐する事ばかり考えていた。

他者は足枷だと思ってた。でも……違った。

俺ひとりじゃ、届かない……誰かの助けがないと」


サイリは、まっすぐに言った。


「この刃は、誰かに託されたものじゃない。

俺が、選んだものだ。みんなを守るために」


妖精の瞳が、静かに潤む。


「ふふふ、あなたが憧れていた正義の味方みたいよ」

「……ありがとう。あなたに出会えて、よかったわ」


光が、すっと広がる。


現実へと、意識が引き戻された。


イワナリの声が響く。


「できたぞ。これがお前の刃、破竜ハクリュウだ」


差し出された刀は、白銀の光を放っていた。

火を纏わず、けれど芯に熱を持つような存在感。


サイリは静かに受け取る。


「……軽い。でも、重い」


「当たり前だ。お前の想いが詰まってるんだからな」


イワナリは、笑った。


「振るうのは簡単だ。でも、それを“どう振るうか”は、お前次第だ」


サイリは頷き、刀を鞘に納める。


「ああ、俺はもう迷わない」


夜の鍛冶場に、静かな風が吹いた。


ハクリュウの刀身に、ほんの一瞬だけ、白い光の粒が宿ったように見えた――

それは、妖精の“涙”のようにも見えた。

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