第5話 晴れる霧
霧が、紫色に染まっていた。
サイリは、刀の柄に手を添えながら、じりじりと瘴気の濃い森を進んでいた。
ここはサイリュウ南部、結界術の研究と防衛任務の拠点となる森のひとつ。
ギルドからの依頼は、「瘴気異常区域での魔物調査および討伐」。
霧の密度も、空気の粘りも、通常の魔物の影響域を超えている。
(……ここに、親玉が居そうだが)
息を吸うと喉が痛む。体の奥に圧がかかるような感覚。
このままでは、まともな戦闘も難しい――そう判断した直後。
「ちょっと待った! これを!」
声と同時に、サイリの足元に亀の甲羅が投げ込まれ、
それを中心とし幾何学模様が光る。
その範囲内の霧が、まるで吹き払われたかのように浄化された。
「……誰だ」
サイリが甲羅を拾い振り返ると、そこにいたのは若い男――
眼鏡越しの目が冷静に動き、光を観察しているようだった。
「俺はユウヤ。結界術の研究をしている者だ」
「俺はギルドの討伐任務できているサイリだ」
「ここら辺は瘴気が濃い。試験しようと思って来たら、遠くに君が見えてね。
ちょうどいいと思って声をかけた」
説明を聞く間にも、瘴気は再び滲み出していた。
「……術、保つのか?」
「うーむ……君が戦う時間くらいは、稼いでやれると思う」
そう言って、ユウヤは再び甲羅に術をかける。
術陣が再展開し、安堵の空間が広がった。
「来るぞ!」
叫ぶと同時に、獣型の魔物が霧の中から跳びかかる。
サイリは即座に身体強化、回避し反撃。
だが、動きが鈍い。瘴気は結界をすり抜けてわずかに干渉してくる。
「……結界術があってもコレかっ!」
祝福を持ち、結界術を掛けられたサイリでさえ影響を受ける瘴気の濃さ。
「すまん! まだ試作段階だ、まだ完璧じゃない!」
それでも、術の範囲にいる限り、瘴気の影響は明確に弱まる。
サイリは刀を振るい、連撃で魔物の脚を斬る。
ユウヤが遠距離から抑制術を重ね、動きを止めた。
「今だっ!」
「――はっ!」
サイリの一閃が、魔物の喉を切り裂いた。
霧が一瞬、晴れたように見えた。
だがその直後、地面に置かれた術具がパキ、と音を立てる。
「……やっぱり、保たなかったか」
ユウヤが地面を見下ろし、苦笑する。
「今の術では、実戦じゃ長くは保たないな」
「いや……助かった。礼を言う」
サイリが刀を拭いながら答える。
「まだまだ改良するところが山ほどあるな」
ユウヤは不満気に言う。
しかしどこか楽しそうだ。
「術具をもっと小型にして、術の構成もーーうわっ」
ぶつぶつと、考えながら歩き木の枝にぶつかる。
「そんなに考えながら歩いていると危ないぞ」
「おっと……悪い悪い、よく注意されるんだ」
サイリが呆れたように言うと、ユウヤは苦笑いを返した。
「頼みがある」
サイリが真剣な眼差しでユウヤを見据える。
「俺は、いつかシグレを討ちに行く。俺にとって、それがどうしても……譲れないことなんだ」
サイリはあの日のことを思い出す。
黒い翼に強力な瘴気――
「その時、きっと奴の瘴気が邪魔になる。
その時はあんたの術がきっと助けになる、そんな気がするんだ」
「わかった。俺はこの術を完成させる。
そしてお前を瘴気から守ってやる」
ユウヤは笑った。
「悪神竜を討つってんだ、そんな英雄の手助けはしないとな」
「英雄なんてやめてくれよ」
サイリはユウヤの突然の言葉に戸惑う。
「ははっ、じゃあな」
「じゃあな」
応じて、サイリも帰路へつく。
(誰かの力を、信じ、任せる。……俺にこんなことができるとはな)
――あなたは、けっしてひとりではないわ
(こういうことなのかな)
思い出されるあの日の妖精の言葉……
その瞳に映る空は、どこまでも澄んでいた。
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