8 デューク編 ② バート・ランガン

 「ちきしょう――っ!!」


 剣を手にしたまま、デュークは再び地面に大の字になって空へ叫ぶ。


「ハッハ! 53勝0敗――デューク、このまま俺の連勝記録を伸ばしてくれるか?」


 義足の男が手を差し出す。デュークをその場に立たせるとようやく、自己紹介をした。


「俺はバート・ランガン。聞いたことあるかもしれねぇが、30年戦争で多少は役に……」


 デュークは身を乗り出し、バートと名乗った義足の男にかぶせ気味で口をはさんだ。


「ガルド・ロワイヤルの『隻脚せっきゃくのバート』!?」


「ハッハッハッ、知ってたか。光栄だな!」


 彼は両手剣を片手で扱い、殺気と迫力で「炎が見える」ような錯覚を起こす剣技で他を圧倒した、かつてのアルバータの英雄だ。

 その日からデュークの人生は、バートを追うように「戦い」へと傾いていった。

 りもせずバートからコケにされ、それでも喰らいついた。あの強さを、あの背中を、自分も手に入れたいと――。



 一年が過ぎた頃、ようやく無敵の男の左脇に、服の上から薄っすら血を滲ませることに成功する。


「来な。いいものを見せてやる」


 彼が目にしたのは「炎の大剣フラム・スラッシャー」だった。刀身ブレイドの長さは150センチ、幅は10センチだ。また、握りグリップは赤でガードの表面には炎をかたどった模様が彫られている。


(でけぇ……)


 ゴクリ、喉が上下に動いた。憧れが目の前にある。嬉々ききとして手を伸ばすデュークに、バートは待ったをかける。


「おお、おいおい、ちょっと待て。まだやるとは言ってないぞ」

「!? なんだケチかよ」

「せっかちだな。お前の振るう剣には協調性が見えん。『人を倒す剣筋』は覚えたのだろうが、『人を助ける剣筋』が見えた時にやるよ」


 ――この日、デュークは初めて「ガルド剣士」という、明確な目標を持った。


 ◇


 更にそれから二年が過ぎた。


「剣に関してはもう、お前に教えることはねぇ。あとは実戦で覚えろ。ただ――肝心なもんが、まだ抜けてる……わかるな?」


 バートはそう言って、デュークの目を見た。デュークの目は未だ他人を信用できないでいる「野生」の目をしていた。


 16歳。デュークが既に剣の腕だけは誰にも負けないと自信にあふれていた頃――事件は起きた。

 

 荒野を進む一台の荷馬車。荷台に、マリエンヌの孤児院から無表情に連れ去られる子供たちの姿を見た。

 かつて自分がいた場所――その現実に怒りを燃やしたデュークは、単身その荷馬車を襲撃してしまう。


「ふざけんなよマリエンヌ……まだ、こんなことを――誰が渡すか!」


 しかし運が悪かった。

 一対一では国中の剣豪を集めても負けなかったであろう彼だが、その日は後方から別動隊が出てきたのだ。数で勝るプロクサスの警備隊に圧倒される。

 そして尻をついた彼の顔面に剣が振り下ろされる寸前、影のように飛び込んできた男――バートがその一撃を代わりに受けてしまったのだ……!


「オッサン!!」


 代わりに斬られた男の体から、血があふれる。命からがら砦に戻った二人。

 血まみれのバートの腹をデュークは必死で抑えた。


「オッサン! しっかりしてくれ。ご、ごめんよ、バート! 頼むから死なないでくれ、頼むから……!」


「は、初めて名前で呼んだな……ぐふっ……いいか……忘れんなよ……」


 バートは弱々しく、だがはっきりと続けた。


「ガルド剣士として戦う時、お前は一人ではない……どんな時でも仲間と、一緒だ……俺の名は忘れようとも、この言葉は絶対に、忘れるな……」

「オッサン! バァァァァトォ――ッ!!」









「……う、うっせぇな……いい人生、だったんだ――最期さいごくらい静かに……かせろ……」


 その年老いた英雄の顔には、薄っすらと笑みすら浮かんでいた――。


 ◇


 あれから一週間。デュークが砦を去る時が来た。目的はひとつ、バートのようなガルド剣士を目指し、アルバータ王国へ行くのだ。

 去り際、傭兵団の次期リーダーから呼び止められる。


「預かってた『炎の大剣フラム・スラッシャー』――旦那の遺言だよ。もし旦那に何かあったら、お前に渡せって」


 傭兵団の現リーダーはデュークを気に入っていた。

 バートがデュークの為に命を落としたことも一切とがめていない。それどころか歳の離れた弟のように思っていたようだ。別れ際には親指と人差し指で目頭を押さえていた。


 「これ……俺がもらってもいいのか?」


 本物の炎の大剣フラム・スラッシャーを持つ少年剣士デュークは、16という最年少でアルバータ王国の近衛隊駐屯所本部基地の門を叩く。伝説の剣は彼を易々と本部基地へ招くに至った。

 その後、隊長格クラスの剣豪を難なく倒し、試験をあっと言う間にパスすると、彼は入隊後わずか2年で王国屈指の精鋭「ガルド・ストライダー」の一員にまで上り詰めてしまう。


 ◇


 だが、その栄光も長くは続かなかった。

 ある夜のこと、訓練を終えた彼は夜の回廊を通りかかり、開いたままの執務室の扉の奥から聞きなれた上官たちの「禁じられた会話」を聞いてしまう。


「明日の搬送はんそう準備は整ったかエルバート隊長? 南の村から50人だったな」

「は、軍政官どの。そちら、プロクサス帝国の許可はもう下りてますでしょうか?」

「問題ない。これであとひと月はアルバータも安泰あんたいだな」


 聞こえてきたのは、近衛隊の隊長エルバートの声とプロクサスの軍政官だ。


 ――ゴトンッ!


 デュークはウッカリ足元の剣が床に当たり、僅かに音を立てた。すぐに扉が開かれ、冷たい剣が彼の首元へ向けられる。


「……何も聞いていないとは言わせないぞ、デューク」


 その瞬間から、彼は国家の反逆者として仕立て上げられたのだ。


 翌日仲間へ視線で訴えるも、誰も見て見ぬ振りだ。

 ガルド・ストライダーの仲間たちの目が届かない場所で、デュークは形ばかりの詰問きつもんを受けた。

 そして、年配の隊員たちを差し置いて出世したことへの嫉妬しっとから、イーグルフォースの者たちは彼に不当な嫌疑けんぎをかけ、またたに拘束された。


 そしてここ、石切り場へと送られたのだ。


 ――この夜、二人に事件が起きる。


 「なぁ、おい。マークっつって――あの、昨日の向こう見ずなヤツ、見なかったか?」

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