第7話
魔女の学校のすぐ近くにある俺たちの世界でいうところの運動場のような場所で俺はあぐらをかいて座っていた。後ろには箒を持ったアナリアが控えていた。
昨日 アナリアから決闘にだてくれと申し出があって、これ以上不和を生みたくなかった俺は渋々了承した。
そして今日、普通学校から帰ってきたアナリアにここまで送ってもらった。今はこの運動場で対戦相手が来るのを待っている真っ最中だ。
そんな俺が何故あぐらで座っているかというと、単純に身体が震えてまともに立てないからだ。もしアナリアに何故体が震えているのか問われたら武者震いだと定番のセリフを吐くつもりだが、ただ恐怖に怯えて震えているだけだ。
生まれてこの方、喧嘩は愚か人を殴ったことがない俺がいきなり魔法を使った決闘なんてそりゃ震えるくさ。しかもすげー寝不足。
一応、ちょっとした対策に糊で重ねた教科書を懐に忍ばせてある。映画のワンシーンみたいにコイツが魔法から俺を守ってくれることだろう。いざとなったら鈍器にも使えるし。まぁ、アナリアが言うにはこの決闘で死ぬなんてことはないらしいから念には念の用心でしかない。戦う素振りだけ見せていい感じのタイミングで降参だ。
ダダダッと誰かが焦った様子で運動場に入ってきて俺のもとまで走ってきた。前髪を横に流した大人びた子だった。
「あの人が今日決闘する悪魔の召喚者、ハプリカです」
アナリアが教えてくれた。
ハプリカさんは膝に手をつき少しだけ息を整えるとバッと顔を上げて俺を見た。
「黒い髪に黒い瞳。貴方様が対戦相手の悪魔神様とお見受けします。どうかお願いがあります。あの悪魔をどうか、どうか倒して下さい。じゃないと私の家は───」
「おいおい、召喚者様。あんまりじゃあないか。まさか召喚者様に裏切られるなんて、悲しくて悲しくて…」
大人びた魔女の懇願を遮るように赤髪青肌の女悪魔がでかい声あげて運動場に入ってきた。
後ろに三人の小柄な少女を従えていた。
青い悪魔はハプリカさんのすぐに後ろに張り付き「後で覚えておけよ」と脅迫じみたことを言い、襟首を掴んで後ろに放った。
なんか凄いガラが悪いけど俺大丈夫か?ハプリカさんもなんか切羽詰まってそうだったし。
青い悪魔は俺を上から下までジッと見た。
「噂通りなかなかどうして。おい悪魔神とやら早く立て。舐められるのは嫌いだ」
「あ、はい」
俺は震える声で短く返事をし、片膝立てて立とうとしたが足が震えすぎて立てないとすぐに悟った。すぐに俺はあぐらの姿勢に戻った。
「ごめんなさい。ずっと座っていたせいで足が痺れて立てないです」
ちょっとばかし見栄を張って痺れたと嘘をついた。
アナリアの反感を買うかもしれないが決闘が始まったらすぐに降参しよう。
「ハハ…。下に見過ぎだ。まずは立たせてやろうじゃあないか。【その大地に火を】《ザ・アス・フィア》」
え!もう決闘始まってんの?
気づいた時にはすでに遅し。俺の足元周辺に青い火がすごい勢いで上がった。
突然の痛みにさっきまでの足の震えは消えすぐに立ち上がり「あっちあっち」と何度も右足と左足を交互に上げた。
「アハハハ!なんだ無様じゃあないか!その見た目はただの虚仮威しか?」
青い悪魔の笑い声が聞こえた。
笑われようが今は関係ない。どんなに滑稽でもいい。早くこの炎地獄から抜けださければ。
しかし思いの外、青い炎は広範囲で、しかも俺が移動すれば追従するように青い炎も燃え広がった。更に悲しいことに俺が護身用に持っておいた教科書の束に炎が燃え移った。俺は悲鳴をあげつつ懐から教科書の束を取り出したが、熱すぎてすぐに放り出してしまった。
教科書の束は放物線を描いて青肌の悪魔方に飛んでいった。
「僕に火魔法とはなぁ。【魔法障壁】《マジル・バリガド》」
半透明バリアが青い悪魔を覆いその身を守った。が、教科書の束はそのバリアを素通りして青い悪魔の頭部にゴチんッとクリティカルヒットした。その教科書の束はバラバラになり青い悪魔は後ろに倒れた。そのままバラバラになった火だるまの教科書が青い悪魔に降り落ちた。
俺の足元の青い炎がみるみるうちに鎮火した。俺は燃えた服を消化するため手で何度も叩いた。その後自分の怪我の状況を見た。
所々火傷しているが、焼き爛れたりはしてないようだ。でも服はボロボロでほとんど半裸状態だ。学生服を来てこなくてよかった。
次に俺はそこで倒れてる青い悪魔に目をやった。教科書の火で綺麗に燃え上がっていた。
「お、おーい…。大丈夫ですか?」
返事はない。
まさか、俺殺してしまったのか?
「勝ちました?」
後ろの方にいたアナリアが首を傾げながら言った。
その時、青い悪魔と一緒に来た女の子の一人が俺に突進してきて、俺を地面に押さえつけた。
「いででで!ちょ、どいて!」
押さえつけられたことで火傷がズキズキ痛む。どうにかして引き剥がさなければと思ったが、その子が異常に震えているのが分かって躊躇われた。まるで何か怖がる小動物のようだった。
そうこうしているうちに視界の端でムクリと立ち上がる青い悪魔が見えた。
「ハハ…。決闘に乱入するなんてだめじゃあないか。でも、してしまったものはどうしようもないよなぁ!」
青い悪魔が右手を掲げると小さな火がその手に集うように収束していきバランスボール程の火球が出来上がった。
あんなの食らえばよくて大火傷、最悪死だ。殺しは無しの決闘じゃないのか?
「ギ、ギブ!降参!」
流石にこれ以上は無理だと思い降参した。
よく粘った方だろ。それに今の状況なら、急に乱入してきた女の子を巻き込むまいとしたみたいでちょっとは格好がつくだろうし。
青い悪魔は高々に笑い出した。
「どんなものかと思ってみればなんて呆気ないんだ!身構えて損した気分だよ。まあいい。勝ちは勝ちだ」
青い悪魔はそう言うとアナリアの方まで歩いていった。
「賭けは僕の勝ちだ。これから向こう百年魔力と供物を貰う。せいぜい長生きしてくれよ」
青い悪魔はアナリアの肩をポンと手で叩き振りかえって運動場の出口へ歩き出した。俺の上に乗っていた子もそれについていった。
残されたのは騒ぎを聞きつけてやってきた数人の魔女と俺とへたり込んだハプリカさんと青ざめた顔のアナリアだけだった。
「賭けなんてしてたの?」
初耳だった俺はアナリアに聞いた。
アナリアは何も言わずペタンと膝をついた。
「まぁ、賭けなんてそんな年で覚えてもいいことないよ。知らんけどさ」
この世界での常識や価値観が分からないから賭けなんてするなとは言えないが、とりあえずネット知識による偏見から忠告だけはしといた。後、波風立てたくないから心の内で留めとくが俺を使って賭けをするのもやめてくれな。中学の時、女子に告白を受けるか受けないかの賭けに使われたの思い出して悲しくなっちゃうからまじでやめてな…。
「私はただローネお姉ちゃんを元に戻してあげたかっただけなんです」
アナリアがゆっくりと口を開いた。
最近聞いた名前が出てきて身の毛がよだった。
まさか、偶然だよな?
「元に戻すって?」
偶然だとは思いつつも変な予感がし俺は聞き返していた。
「ローネお姉ちゃんは先程の悪魔に対価を支払いきれず大魔王の呪いによって魔力を使えない体にされてしまったんです。だから、どうにかして当時払った代価を認めさせなくちゃいけなかったんです」
「魔力が使えない体って具体的には?」
「ローネお姉ちゃんは醜い蜘蛛の姿に…」
俺は大きく息を吐いた。
魔法も使えない女の子が命張ってあの巨大なイノシシに立ちはだかったのか。俺なんかのために。
体中すでにボロボロでどこもかしこも痛かったが、奥歯噛み締め我慢しながら立ち上がり、大きく息を吸った。
「ちょっと待てい!このチンピラ悪魔が!」
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