第5話

 ここ数日はグアグァと共にソフィンさんの手伝いをし、夜は蜘蛛の助と遊んだ。グアグァや蜘蛛の助と戯れていると向こうの世界に帰れない寂しさを紛らわすことができた。遊び疲れた俺はベッドで横になるという毎日を送っていた。

 そんな寝転がっている俺のもとに今日はアナリアがやってきた。


「悪魔神様、明日の午前中お時間ありますか?」


 午後からはグアグァと一緒に草むしりだが午前中は多分時間が空いている。


「多分暇だね」


「それじゃあ!明日私と一緒に学校に来てくれませんか?実は召喚の授業があって…実際に召喚をしないといけないのですけど私は悪魔神様を召喚してしまったから…。まだ、複数を召喚するなんてできませんし」


 アナリアはゴニョゴニョとバツが悪そうにまるで言い訳するかのように言っていた。

 魔女の学校か。いつか行きたいと思っていたし、召喚の魔法について何か気づきがあるかもしれないし行くべきだな。

 俺は二つ返事で了承した。アナリアは嬉しそうにしていた。

 

 次の日。

 我が学び舎ではないものの久しぶりに学校に行くのだ。どうせだから学生服を着て参ろう。

 俺は綺麗にとっておいたブレザーを着た。何となく身が引き締まる思いだ。

 久しぶりな制服姿をスマホの自撮りモードで確認している時、ガチャリとドアが開きグアグァが入ってきた。恥ずかしくてすぐにスマホを隠した。


「旦那、今日は早起きでっせ」


「たまにはね」


 グアグァが不思議そうに俺の姿を見た。


「何で召喚された時の服を着てるんでさ?」


 俺はアナリアの学校に行くから正装を、と説明した。するとグアグァも行きたがり「ソフィンママー」とソフィンさんに許可を取りに行った。

 俺が朝食を摂りにリビングに向かうとちょうどグアグァが喜んでいるところだった。グアグァがいてくれた方が気が楽だから嬉しいぜ。

 俺とグアグァが朝食を摂っていると黒い薄手のローブを着たアナリアが遅れて登場した。黒ローブから白いシャツとチェック柄のスカートが見え隠れしており、更に魔女っぽい黒い三角帽子もかぶっていた。


「準備はできていますか?悪魔神様」


「ちょっと待って」


 俺とグアグァは早めに食事を済ませた。


「せっかくですので私が送って行きます!どうぞこちらへ!」


 得意げにアナリアは言った。

 俺はアナリアに言われるがままに庭先に出た。アナリアは一本の古い箒を持っていた。その箒に跨ると「後ろへ!」と、箒の柄の後ろの方をトントンと叩いた。


「ちょっと不安なんだが」


 不安が声に漏れた。


「あっしもでっせ」


 グアグァも同調し俺の頭にギュッとしがみついた。グアグァは飛べるから大丈夫だろ?とは言わないでおいた。


「私こう見えても飛ぶのだけは得意なんです。ささどうぞどうぞ」


 アナリアの勢いに押されやむなく俺は箒に跨った。


「しっかりと捕まっててください」


 アナリアに言われたがどうも女の子にしがみつくのは躊躇ってしまう。ソフィンさんの娘なだけあって発育がすごいから尚更だ。俺は小声で「失礼しまーす」と言ってアナリアのお腹に腕を回した。するとゆっくりと箒が浮かび上がった。そのままどんどん浮かび、一定の高さまで届くとビューンと直進した。


「おぉ!すげー!すげーよアナリア!」


 俺はファンタジー感溢れる街並みを見下ろしながら言った。


「悪魔神様に喜んでいただけて何よりです」


 アナリアの表情を見なくても喜んでいるのが分かった。

 飛行中、先生がちょっと変わってるとか、魔法の授業についていけないとかそんな話を聞いていたらあっという間に魔女の学校に着いた。古風なお城だった。続々と他の魔女達が登校してきていた。皆俺を一瞥いちべつして校舎に入った。恥ずかしかった俺はアナリアに一寸も離れずついて回った。それが逆に他の魔女達の目を引くことになった。



 私、ララメトは今、授業に必要な魔法陣を描いている。机を後ろに移動させて、なるべく空間を広く使いデカデカと魔法陣を描く。ある程度書いたところで私はフーッと息を吐き汗を拭った。息を整え作業を再開した。

 今日、私の受け持つクラスで悪魔召喚の授業を行う。召喚される悪魔によっては危険が伴う危ない授業だ。召喚陣の段階で不備があったら大惨事を起こしかねない。確認作業を怠らず丁寧に務めた。

 召喚陣を書き終え最後の確認作業をし、チョークを所定の位置に戻し真っ白な手をパンパンと叩いた。

 バッチリやり遂げました。

 丁度その時、生徒の一人アナリアさんが教室に入って来た。 


「先生おはよう!見て下さい!このお方がこの前話した私が召喚した方です!」


 アナリアさんは挨拶をするや否やすぐに隣の成体の悪魔を指差した。

 黒い髪に黒い瞳、言い伝えに聞く大魔王の特徴と一致している。頭にはソフィアさんの使い魔のグアグァさんを乗せていた。彼は照れくさそうに「どうも。阿久間真です」と頭を下げた。

 私の体に一瞬にして緊張が走った。


「わ、私はアナリアさんの担任のララメトと申します」


 私はなるべく平静に返した。彼を悪魔神と思うのは早計だ。悪魔にはイタズラに意味のない嘘を吐く者だっている。彼もきっとその類だ。

 私のそんな考えは授業が始まってすぐに改めさせられた。

 生徒が全員出席したのを確認しすぐに召喚の授業を始めた。一人の生徒が意気揚々に手を挙げ一番最初に召喚すると名乗り出た。

 その子の召喚は見事なもので難なく小悪魔を召喚できた。そこまでは良かったが、小悪魔は例の彼を見るや否や悲鳴をあげすぐに帰ってしまったのだ。後続の子の悪魔も似たような感じですぐに帰ってしまった。

 悪魔は他者の魔力を感知する。きっと彼の魔力を見て何かを感じたのだろう。彼は名の通り只者じゃないのかもしれない。

 にしても困った。私の受け持つクラスには生徒が九人しかいない。本来なら召喚してもらった悪魔に何かしてもらうつもりだったが、すぐに帰ってしまったので時間が有り余っている。

 きっと誰もが思っているだろう、彼に帰ってくれないかなっと。はっきり言おう、私もその一人だ。彼自身気まずそうにしている気がしなくもない。


「悪魔神様、お願いがあります。魔法を披露してくれませんか?」


 そんなクラスの空気を悟ってか、それとも授業を台無しにしてしまったことを悔いてか、アナリアさんが彼にお願いをしていた。


「え?魔法?無理無理できないよ」


 彼は苦笑いで拒否した。するとアナリアさんが膨れっ面で立ち上がった。


「どうしてですか?供物だって払ってるのに悪魔神様なにもしてくれないじゃないですか?」


「く、供物ぅ?俺、供物なんて支払われてたの?マジ…」


 彼は非常に驚いていた。彼の言葉にアナリアがさんはうっすらと涙を浮かべ「悪魔神様のバカ!」と吐き捨てて教室を出て行った。

 彼はグアグァさんと目を合わせると立ち上がった。


「色々とすみません。自分達はこれで失礼します」


 教室を出ようとする彼を私は「ちょっと宜しいですか?」と呼び止めた。


「供物を支払われているとのことですが、一体どういったものでしょか?」


 召喚者と悪魔は召喚魔法が成立した瞬間、大魔王が定めたルールが生じる。お互いを傷つけてはいけない、召喚された悪魔はお願い以上の悪事を働いてはいけない、悪魔同士の私闘禁止、などなど。

 そのルールの中に召喚者は悪魔にお願いするにあたって見合った供物を捧げなければいけない、また悪魔は供物を受け取ったならば願いを聞いてあげなければいけないとある。

 これは大魔王が定めた絶対的なルールだ。もし破れば魔法を使えない体にされてしまうと言う恐ろしい罰が与えられる。

 しかし、彼は供物を貰っているのに何もしていないと言うではないか。考えられる可能性は一つ。悪魔の中には召喚しただけで供物が必要な強力な個体がいる。おそらく彼がそれだ。だとするとお願いに対する供物は相当なものになる。

 マジョファミリー家は悪魔召喚で一度、手痛い目にあっている。もしかしたらまた悲惨なことが起こるかもしれない。私は把握しなければならない。もし彼が悪なら次のサバトで他の魔女達に情報共有しなくては。


「いや、そんな、供物だなんて、悪魔みたいに扱われても困っちゃいますよ」


 へへッと彼は笑い鼻下をこすった。

 そこらの悪魔と一緒にするなということですか…。人が良さそうなのが逆に恐怖を煽る。そもそも供物の内容を聞くなど不躾極まりない。これは彼なりの忠告なのかもしれない。これ以上聞くのは深淵に足を踏み入れる行為か…。


「無礼な質問でしたね。お時間とらせてしまい申し訳ございません」


 私は頭を下げた。


「いえいえ。俺も一ついいですか。魔法について何でもいいんで教えてください」


 彼の質問に私は頭を上げた。

 魔女の使う魔法を知りたいのだろうが、何と答えればいいか正直分からない。私達魔女が使う魔法など彼にとって程度の低いものと言えるだろう。何故私達の魔法を知りたいのか、疑問すら覚える。


「質問に質問で返すようで申し訳ないのですが、悪魔神様にとって魔法はどういったものですか?」


 少し漠然とし過ぎていたか?彼はんーと喉を鳴らし顎に手を当て考え始めた。


「夢のような力ですかね?空を飛んだり」


 まぁまぁ庶民的。


「凄い攻撃を撃ったり」


 熟練の魔女ならできなくもない。


「瞬間移動したり」


 召喚魔法の応用と言えなくもない。


「後は、時間を操作したり、願いを三つ叶えたり、概念そのものになったり、魂を分けて命のストックをしたり、死者を蘇らせたりですね。はい」


 次元が…違う…。まるで魔法の常識が無い人の戯言だ。いや、魔法に対して全く知識が無い人ですらこんな事は言わないだろう。それを平然と言ってのけるこの悪魔は一体…。本当に神だとでもいうのか?

 彼は最後に「ようは奇跡を行う力です」と締め括った。

 冷や汗が止まらなかった。


「わ、私に教えられることはございません。力になれず申し訳ございません」


「そうですか」


 と、彼は少しだけシュンとして教室を出た。

 彼の善悪は関係無い。次のサバトで報告しなければ…。彼という悪魔を。



 一方、当の彼はというと途中退席したアナリアのことを心配しつつも、今日の召喚でグアグァ見たいなちっさい小悪魔しか召喚されなかったことから、人間の俺ってSSRなのかも、と呑気なことを考えていた。

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