Bグループ

辞めたら死んじゃう職場です 〜永久雇用は甘くない?〜

「先ほど、お帰りいただくようにお伝えしたはずですが」

「そこを何とか!!!!! 行くところがないんですううううう!!!!!」

「いや、うるさ……」


 街の外れに建っている大きなお屋敷。門ではなく塀を乗り越えて裏口の戸を叩き、住み込みで雇ってくれと言って断られたのがついさっき。


 それでも諦めきれずに庭をうろついていると、さっき私を雇わないと言った男性とは別の人がいるのを見掛け、その高貴なたたずまいからこの人が屋敷の主人に違いないと突撃しているところ、なう。


「使用人の募集は締め切ったと執事から聞きませんでしたか?」

「でも! さっき泣きながら出ていった女の人って使用人さんですよね! その人の代わりにぜひ!!!」

「くっ……見られて……」


 絶対に引き下がる訳にはいかない。

 だってもう私にはここしか残されていないんだから。


「……はぁ、まぁいいでしょう。誰の紹介です? 身分証は?」

「街の酒場に張り出されていた紙を見て来ました! 身分証はありません!」

「お帰りください」

「身分問わずって書いてありましたァァァァ!!!!!!!」


 そう。私には身分証がない。

 街の職業案内所みたいなところを見つけて、住み込みの仕事をくださいと言ったら身分証がないと無理って一蹴いっしゅうされたのだ。

 そんなご無体な……って泣きながら歩いていたところで、運よく身分問わず使用人を募集している貼り紙を見つけて飛びついたわけで。


「…………絶対、辞めないと誓えますか?」

「もちろんです!!!」

「そんな安請け合いをしていいんですか? あなたのことは全く知りませんが、心配になってきました……」


 男性は不憫そうな顔をして私を見た。

 言わんとしていることはよく分かるけど、今の私にはそんなことはどうでもいいのだ。

 ここで雇ってもらえなかったら死ぬ。


「ぜっっったいに辞めません!!! 雇ってください!!!」


 そんな私の決死の訴えが届いたのか、男性は深いため息を吐いたあと頷いた。

 腰に差していた杖を手に持ち、私の胸の前で円を描くように動かす。

 杖の先がキラキラと光って、着ている服の下で心臓のあたりが呼応するように光るのが見えた。


「誓いを。これは契約です。たがえれば命を落としますが、それでもここで働きますか?」

「はい! 働かせてください!」

「名前は」

「シオリです! タカエシオリ!」


 はい!と手を挙げて答えると、男性はすぅと目を細めて聞き取れない言語で何かを唱えた。それから、聞き取れる言葉に戻ってくる。


「タカエシオリに問う。ライオネル・レイン・ファリエーラスの元、決して逃げることなく働くことを誓うか」

「はい、誓います」


 そう答えた瞬間、私の心臓から光が紐のように伸びてライオネルさんの持つ杖にくるくると巻き付いた。


「契約は為されました。それでは仕事内容を説明しますからついて来てください」

「ありがとうございます!!!!!」

「……うるさい」


 ああ、よかった。

 本当によかった。


 三日連続会社に泊まり込んで案件終わらせて、やっと帰れると思ったら駅で電車待ってる間にホームのベンチで寝ちゃって、起きたらにいて。

 なんかでっかいモンスターみたいなのが闊歩かっぽする森のど真ん中で目覚めた時はマジで死んだって思ったけど、なんとか逃げられて、街を見つけて……。


 流行りの異世界転移じゃないのかよぉ!

 カバンもないし、スマホもないし、なーんの説明もないし!

 スキルとかチートとかあってしかるべきじゃん。せめて金は少し持たせてくれてもいいじゃん。


 神様女神様!

 私に何の恨みがあったというのですか!


 言葉だけは通じたからよかったけど!!!

 寝るところも仕事もないんじゃ、野垂れ死に待ったなしだったじゃんか……!


 マジでありがとうライオネルさん。

 執事のおじいちゃんに追い返されても諦めなくてよかった。


 屋敷の使用人ってどんだけブラックな仕事なのか知らないけど、私の勤めてた会社に比べたらどこだってホワイトに決まってる!


「エド。絶対に辞めない使用人を手に入れたよ。契約魔法で縛っているから、辞めれば死ぬ。安心して仕事を教えてやってくれるかい」

「おやおや……。分かりました。それではまず、地下室からですね」

「そうだね……。よろしく頼んだよ」

「はい、お任せください」


 地下室?

 なんかちょっと嫌な予感がしてきたなあ。


「シオリ、ですか。私についてくるように。あなたに真っ先に覚えていただきたい仕事を教えます」

「ひゃい……」


 鍵の掛かった地下への扉。開いた先にある石造りの階段を下りていくと、そこにはたくさんの檻があった。


「Grrrurrrrra……」

「Gyaaaaaaaaaaaaaiiiiiiiiiiiaaaaaaaaaaa!」

「うひゃああああああ!」


 ランプの光に照らされる檻の中、肉片から手足の生えたナニか。口が無数にあるナニか。たくさんの眼球が浮かぶゼリー状のナニか。


 ホラー映画でしか見たことがないような異形のモノたちが、私を見ていたのだった。

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