3話目 「記録の連結」
光が、波のように揺れていた。
ディスプレイの奥に、文字が浮かぶ。誰かの書き込みではない。
もっと個人的で、もっと切実で、どこにも公開されることのなかった“記録”だった。
ミネルが開いたのは、過去の観測者が残したデータベース。その断片だった。
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> [2004/07/15]
> 夜中に電車に乗ってたら、知らない駅に停まった。無人駅。駅名がない。
> 空気がね、変だった。張り詰めてて、やけに静かで。
> 電車も来なくなった。携帯も繋がらない。
> その後の記憶は、断片的。
> 誰か、これを読んでいるなら──
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「……“きさらぎ駅”」
隣でレトがつぶやく。
「オカ板で昔流行ったやつ。“電車で異世界に行った”って話。……これ、その元ネタ?」
「いや。これは……“記録”だ。
おそらく、かつてこの世界と異界が交差した“痕跡”」
輝の目がディスプレイを見つめる。
文字の背後から、かすかに“魔の流れ”を感じた。
これは、虚構ではない。確かな“何か”が、ここに残されている。
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> [2005/02/09]
> 兄が、路地裏で拾ってきた箱。木でできてて、釘が打ってあって。
> 封匣(ふうそう)ってラベルが貼ってあった。
> 妹が中を開けた夜から、変になった。幻覚、嘔吐。家の空気も重い。
> 画像をうpしたら、スレが消えた。誰も返信しない。
> “それは見ちゃいけない箱だ”って、誰かが書き込んでた。
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「……コトリバコ、だ」
レトが呟く。
「呪物系スレの中でもヤバいやつ。中に“モノ”が入ってる、って話で……それに似てる」
輝は、ゆっくりと息を吐いた。
記録が、断片的に繋がっていく。
この世界の人々は、自覚せずに異界と接触していた。そして、その“断面”を「都市伝説」と呼んで処理してきた。
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> Minel:
> “フェル。あなたの転写時に記録された構造と、類似の位相が観測されました。
> この都市の記録層に、断片的接続点が存在します”
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「……やはり、秋葉原は“交差点”だ」
かつての世界が崩壊した日。
塔が砕け、空が裂け、人々がひとり、またひとりと消えていった中で──
フェル=エルカディアは、ただひたすらに“記録”を書き残していた。
魔術式でもなく、呪文でもなく、ただ「この世界にかつてこれが存在した」という事実だけを。
それは誰に届くものでもない。だが、書かずにはいられなかった。
——ならば、次の世界に残そう。
その思いが、彼を“観測者”として転写させた。
「君は……どうして、そんなに“記録”にこだわるの?」
レトが珍しく、少しだけ柔らかい声で問いかけてくる。
輝は一度目を閉じ、そして静かに答えた。
「記録は、存在の証明だ。
消えた世界も、失われた人も、“あった”という記録さえあれば、完全には消えない。
私は……そう信じている」
沈黙。
しばらくして、レトは目を逸らしたまま言った。
「……信じるかは、まだわからないけど。
でも今、この画面に写ってるものが、ただのウソじゃないことは……なんとなく、わかるかも」
ミネルのウィンドウが再び点滅し、最後のログを表示する。
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> Minel:
> “観測範囲内に、座標一致の断片記録を検出。
> 対象地点:東京都千代田区 外神田3-13-11 地下2階 相互電子跡地”
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「……ここから、近い」
「実在する場所?」
「試してみる価値はある」
輝は立ち上がった。
記録は、ただ読むものではない。
歩いて、触れて、繋ぎなおすものだ。
彼の中で、“観測者”としての覚悟が少しだけ輪郭を持ち始めていた。
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