第19話 資料室

 翌日の昼前ごろ、俺たちは冒険者ギルドを訪れていた。

 ほとんどの冒険者が四季折々を訪れ、静けさに包まれた冒険者ギルドの入り口で、清掃をしている受付さんを見つけた。


「あ、受付さん、こんにちは」

「はい、こんにちは。本日はどういった御用ですか? ペアパレードのお手伝いでしたら――」

「ああいえ、私たちはちょっと資料を見たかっただけですから」

「そうですか? 資料室は開放していますので、どうぞごゆっくりご利用ください」

「ありがとうございます」


 ニフェルが受付さんに会釈する。その丁寧な所作を横目で見ながら、俺は資料室を目指す。

 そのすぐ後に、駆け足のニフェルが合流した。ニフェルが揺れた前髪を整える。


「お前、いちいち律儀なんだな」

「ふぇ? 何がですか?」

「受付さんにあいさつするとこだよ。あれ、魔導人形だぞ?」

「そうだとしても、わたしたちのためにはたらいてくださっているんですから、当然です。まあ、人間にしか見えないってのもありますけど」


 ニフェルに言われて、玄関前の受付さんを見る。あれは、よく1番受付を担当している、確かニアという固有名の魔導人形だったはずだ。


 国が運営する冒険者ギルドの職員は、そのほとんどを魔導人形が占めている。荒事を起こしやすく、活動時間の幅が広い冒険者たちに対し、人間が対応しているのでは体力が持たない。そういう理由で、確か10年ほど前から導入された制度だったはずだ。


「お前あれか、猫にもいちいちしゃがんで挨拶する質だろ」

「ふぇっ⁉ そ、そんなことは……ないことも、ないですけど」


 言い当てられたことが恥ずかしかったのか、ニフェルはわずかに頬を染めて目線を逸らした。というか、図星なんだな。


「まあ、悪いことだとは思わん。俺にはないけどな、そういう律義さは」


 昔は、あったのだろうか。人を、今よりいくらか信用出来ていたころなら。

 そんな想像をしていたせいで、ニフェルが近づいてきて、隣を歩きだした理由を聞きそびれた。


 それから資料室についた俺たちは、さっそく昨日の打ち合わせ通り調べ物を始めた。


「冒険者のランクについて、詳しく書いてある資料を探せばいいんですよね?」

「ああ。俺の悪評のほとんどは勝手につけられたBランクって言う、無駄に高いランクのせいだ。どれだけ問い合わせても適正ランクですから、ってしか教えてもらえなかったんだよな」


 そう。俺は多くの悪評を持たれている。そのうちのいくつかは違うと胸を張って否定できるが、逆にいくつかは真実なので強く出ることが出来ないでいる。


「5年前、15歳になったばかりだった俺はペアパレードに参加した。当時の俺は冒険者になりたてで、当然Fランクだった。そしてペアパレードはそれぞれのペアの能力を平均化する措置をとっていて、俺はAランク冒険者、オリヴィエ・イェーラとペアを組むことになった」


 資料を手分けして探しながら、昨日かいつまんで説明したことをもう1度詳しく教えることにした。


「オリヴィエは当時からかなりの実力者として有名で、実際、お荷物状態の俺を連れて13階層まで到達しようとしていた。ほぼソロ攻略でな。ただ、問題はそのあとだった」


 ニフェルはほとんど流し聞きしているらしく、本を取り出して少し観察してはしまい、次の本を取り出すという工程を繰り返している。

 まあいいか。どうせ暇だし、このまま続けよう。


「13階層で俺たちは魔物に遭遇した。Bランク指定の魔物、ツヴァイアサシン。全長1m超えのコウモリ型の魔物で、基本2匹一組で行動している。超音波を使った索敵と意思疎通により高度な連携を得意とする魔物で、知性もある。……って、聞いてるか?」

「私魔物のことは良くわかないんですよ。それより、ほんとにこんなところにあるんですか? なんかさっきから冒険中に役立つ料理の本しかないんですけど」

「そこは冒険中に役立つ料理を紹介する本を中心に置いた本棚だからだ。書いてあるだろ」

「……ほんとだ」


 ニフェルが少し視線を上げると、そこにはその棚にどのような本が飾ってあるのかを説明した案内書きがあった。ちなみに、ニフェルはずっと全く見当違いの場所を探している。

 それを恥ずかしく思ってか、ニフェルはまた頬を少し赤く染めながら、冒険者ギルドについて、と案内書きのある本棚――つまり俺の探している本棚へと来た。


「……最初から言ってください」


 恨めしそうに見上げられた。強気な視線は羞恥に泳いでいて、せわしない。


 なんだか気分がよくなって、俺は意気揚々と続きを話し出した。

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