第7話 2階層
2階層にも人の気配は多い。E、Dランクの冒険者でも比較的軽い気持ちで挑める階層というだけのことはあり、強い魔物はいないはずだ。
これはあくまで以前までなら、という話ではあるものの、今回も同様と見て間違い無いだろう。
他のペアと何回かすれ違いながら、2階層を進んでいく。
「思っていたより、安全ですね? 昨日はもうちょっと怖い印象だったんですけど」
「昨日は1階層を回ってたやつらが降りてきたんだろ。と言っても魔物は少なからずいるはずだ。というか、手馴しのためにも1回くらい戦っておきたい」
「ですね。この前3階層でボコボコにされましたから」
ニフェルは昨日のことを思いだしたのか肩を落とし、気落ちしたように苦笑いを浮かべる。
「いや、誰のせいだと思ってるんだ」
「もし私のせいだと言いたいのならそれは筋違いですよ。クロトさんだって、ほとんど役に立ちませんでした」
「やれるだけのことはやっていたはずだ。それに比べて、ニフェルはバフの維持もろくにしなかったじゃないか」
「そ、それは、攻撃魔法を使いながらバフも維持するなんてこと、初めてだったからです! 私だって精一杯やってました!」
ニフェルは悔しそうに目を細め、両手に拳を作って睨み上げてくる。自らを大きく見せるように頬を膨らませ、む~、と不満げな声で威嚇してくる。
まるで小動物のようなその様を横目で見つつ、俺は先へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「いいから行くぞ。実力の話は、示してもらえば分かることだ」
慌てて追いかけてきたニフェルは、俺の隣に並んで足を緩めつつ、挑戦的な笑みを浮かべる。
「そうですね。今度こそ絶対にうまくやります! だから、ちゃんと私の実力を認めた時には、クロトさんにもまじめにやってもらいますからね」
「どうしてそんな話になるのかは分からないが……まあいい。ニフェルの実力が本物なら、《四季折々》の攻略を進めるのも、ある程度までは楽に行けるだろうからな」
「はい! 当然です!」
どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。意気込むニフェルは、足早に俺の先を行く。また、背中だけが見える。明らかに肩幅のあっていない上着の揺れは、慣れてきたから少しだけ減っている。
けど、露出する足のほうはまだまだ寒そうだ。膝のぎこちない動きを繰り返すうち、ニフェルは何もないところで躓きかける。
「ふぇっ⁉」
ニフェルは体勢を立て直す様子すら見せず、前のめりになる。右手に魔導ランタンを持ち、左手にワンドを抱えた状態だから手をつくことは出来ない。
ニフェルはとっさに身をひねり、何とか正面から倒れることを防いだものの、背中から岩肌に着地した。
「ぐふぇっ⁉」
「……何やってるんだよ……」
まるでカエルが潰されたときに出すような声を出し、痛みからか目を閉じたニフェルを見下ろす。
「いてて……もうっ、助けてくれたっていいじゃないですか!」
「自分でこけておいて文句かよ。とっさに手を伸ばせる距離じゃなかったんだよ。それに、受け身はうまかったぞ。歩くほうの実力はいまいちらしいけど」
「う、うるさいです! うぅ、手を貸してください。両手が塞がってます」
「おけばいいだろうに……はぁ、早くいくぞ」
「えっ⁉ 本当に置いてきぼりですか⁉ ま、待ってくださいって!」
ますます心配になってきた。自分がどんな失敗をしても図太いのは冒険者としていいことなのかもしれないが、失敗の仕方が酷すぎる。
こんなやつをペアを組んでいて、俺は無事に帰れるのだろうか。
心配になりつつも、俺たちは進んでいく。なんだかんだ言って上層は散歩をするような感覚で歩けることが多い。人の気配があり、魔物も少ないとあればそれも当然のこと。
分かれ道をいくつか進み、さあ階段が見えてくるぞという時になって、ようやく緊張感が湧き始めた。
金属の擦れるような音が聞こえた。この気持ち悪い金切声は、ゴブリンの鳴き声の特徴だ。俺は足を止め、前を歩いていたニフェルの方を掴む。
「クロトさん? どうかしたんですか?」
「今のが聞こえなかったのか? ゴブリンだ」
「ふぇ? ど、どこですか?」
「この先。たぶん、曲がったところにいるぞ。準備しろ」
「は、はい!」
普通、階段の周りに魔物が集まることなんてないはずなんだけどな。
階段。
つまり階層が変化する境界線。俺たち冒険者にとって階層が変わることは、それすなわち難易度の上昇。危険が伴うことなので、安易に下ることは推奨されない。最悪、単体でも対処できない魔物複数体に囲まれ、タコ殴りにされる。
ただ、それは魔物も同じはず。魔物たちにはテリトリーが存在しているらしく、いるべき階層以外に行けば、より強力な魔物に倒されることになるはず。それを本能で察するから、魔物は階層間の移動はしないし、階段にも近づかないはず。
だとすればほかの冒険者が追いつめたか、あるいは偶然通りかかっただけか。
どちらにせよ、ゴブリンなら戦闘の練習にちょうどいい相手だ。
俺は剣を手に取り、ゆっくりと前に進みだす。
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