第3話 抗議

《四季折々》の目の前、サポートセンターの受付さんが目を白黒させた。


「え、えっと、何のことですか?」

「俺たちのペアのことだ! どうして支援バッファー指揮オペレーターでペアを組ませてるんだよ!」

「そうです! 断固抗議します!」

「そ、そう言われましても……⁉」


 動揺をあらわにする受付さんに、さらに詰め寄る。


支援バッファー指揮オペレーターも後衛職だ! 戦闘力が皆無なのは分かってるだろ!」

「そうですそうです! ナメクジ未満ですよ!」

「ペアの組み合わせは抽選ですから、そんなことを言われても困ります!」

「俺たちのほうが困るんだよ!」

「これでどうやって戦えって言うんですか!」

「そ、そこは工夫と努力で何とか……」

「「なるわけないだろ(ですよ)!」」

「ですよねー……」


 受付さんも現状の酷さを理解しているのだろう。気まずげに目をそらす。


「後衛職は戦いに参加しない職業だ。その分仲間の能力を底上げしたりサポートをすることが出来る。それが取り柄だ。けどな、今の俺たちには圧倒的に欠如しているものがある!」

「戦ってくれる人です!」

「そ、そういうところも含めてのペアパレードです! ご承知の上だったでしょう!」

「だからってこれはないだろ! そもそも冒険者のうち後衛職に就職するのは全体の1割って話だろうが。300人以上が参加してるのに、俺たちがペアを組む必要はなかったはずだ!」

「それは、ランクの帳尻を合わせるためで……ち、ちなみにお2人のランクは?」

「俺はBだ」

「私はCです」

「な、ならいいじゃないですか! 中にはBランクなのにDランクの方と組んだり、Aランク以上の方は基本的にEランク以下の方と組んだりしているんです! お互い高ランクなことを喜んで――」

「これを見ろ」

「――え? えっと、こちらは冒険者カード、ですか?」


 俺は胸ポケットの中から1枚のカードを取り出す。持っていると何かと便利な冒険者カードだ。冒険者ギルドの施設を自由に使えたり、鍛冶屋や雑貨やで割引を受けられたりする。ランクによっては通行証や身分証明書の代わりになることもあるし、肌身離さず持つ冒険者が多い。

 が、今回俺が出したのは普段使っている冒険者カードではない。


「あれ、これ剣術ブレーダー職の冒険者カードじゃないですか。なら問題ないのでは?」

「え? 剣術ブレーダー職もとっていたんですか? それなら受付さんの言う通り、ここまで騒ぐことなかったじゃないですか。多少ランクが低くても、私は気にしませんよ?」


 カード背面に刻まれた剣の印を見て疑問符を浮かべる2人。

 言いたいことは理解できる。そのカードは、確かに最低限の剣術を扱えることを示すものだ。そう、最低限の。


「ランク、見てみろよ」

「よろしいのですか? では、拝見を……」

「受付さん? どうしたんですか? もしかして、凄く高かったり……ふぇ?」


 2人してフリーズ。のちに、俺の顔をまじまじと見つめる。やめろ見るな恥ずかしい。そんなに珍しくもないだろう。


「Fランク……?」

「あ、もしかして取り立てとか?」

「とって5年経つな」

「えー……私でも魔術マジシャン職Eランクですよ? 恥ずかしくないんですか」


 ニフェルが真顔でそんなことを言ってくる。

 こ、こいつ本当に無自覚か? 名前のことと言い、唐突にすごいことを言ってくるのはやめてほしい。


「……まあ、そういうことだ。これじゃろくに前衛には出られない。そもそも指揮オペレーター支援バッファーの《マジシャン》職の所得を強制、みたいな制度はない。趣味でとっただけだからな」


 恥ずかしくないんですか。恥ずかしくないんですか……あ、待って。思ったより心に来てる。ニフェルの声が何度も耳を反響してる。


「そういうわけだ。ニフェルはEランク、俺はFランクじゃどうしようもないだろ」

「だ、だとしても、ペアパレードへの参加を辞退なさるのならともかく、ペア変更は出来かねます。武器の貸し出しはしているので、頑張ってくださいとしか」

「そ、そんな……! 私、どうしても10階層までは潜りたいんです! も、もう少し何か。例えばギルドの戦闘職の方に手伝ってもらうとか」

「出来かねます」


 受付さんは同情してくれているようだったが、規則を順守する性格らしい。断固として引き下がらないと、まじめな表情を見せる。

 対するニフェルも食い下がる。


 しかし、そこまでこだわる理由が何かあるのだろうか。俺も文句を言いはしたが、それはこの理不尽に対して感情的になっただけであって、何か達成したい目標があったわけでも、明確な理由があったわけでもない。

 ニフェルは10階層まで潜りたい、という明確な目標があるらしいが……こんなに若いのにかなり高い目標だ。何か、深い理由があるのだろうか。


 ……。


「まあ、仕方ないよな」

「ク、クロトさん⁉ 諦めるんですか⁉ ペアパレード、辞めちゃうんですか⁉」


 呟いたとたん、ニフェルの矛先は俺に向く。ずいっ、と距離を詰め、ほぼ真下から見上げてきた。


「お、お願いです! それだけは! 私、本当に頑張らないといけなくて。な、何とかします! 頑張りますから、一緒に……!」

「いや、だから」

「報酬なら全部渡します! 他に欲しいものがあるなら、探すのも協力します! なんでもしますから!」

「……」


 思わず口を噤む。

 なんでもします、とさえ言うのか。それに報酬は全部渡す? なら、金目当てではないらしい。

 理由は分からないけど、確かな熱意だ。どうしても俺を引き留めたいらしい。ペアとしては、正直何の役にも立たない俺のことを。なんというかまっすぐすぎて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。


 あと、先走って考える癖も、あるらしい。


「そ、その、まだまだ子どもかもしれませんけど、その、身体が、というのなら、それだって……」

「おいおい何を口走る⁉ あと、そもそも俺はペアを辞めるだなんて言ってない!」

「……ふぇ?」


 お、驚いた。まさか文字通り身売りすら辞さないとは。俺が未成年に手を出すような趣味じゃないからよかったが、危うく犯罪者を1人生み出すところだったぞ。


「仕方ないって言うのは、何とかやってみるしかないって意味だ。別に絶対戦えないわけじゃない。お互いのサポートは受けられるわけだしな」

「じゃ、じゃあ、一緒に行ってくれるんですか?」

「そうだと言っている。俺も、潜らないといけない理由はあるしな」


 俺がそう言えば、ニフェアは心底嬉しそうに目を輝かせて、両手を胸の前で握る。腰に下げた熊のポーチが揺れ、帽子の先端が跳ねた。


「よ、よろしくお願いします!」

「ああ。……ってわけだ。武器の貸し出し、してるんだよな?」


 とてもいいペアとは言えないが、やれるとこまでやってみよう。

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