第2話 後衛同士
「クロトさん、とお呼びしてもいいでしょうか」
「ん? ああ、構わないが……」
「ありがとうございます。クロトリニスって、ちょっと呼びにくくて」
ペア登録を済ませるために受付カウンターに向かう途中、ニフェルがそんなことを言ってくて、出会って早々の遠慮のない発言に驚く。
嫌味っぽくも聞こえて表情をうかがうのだが、特段不自然なところがない笑顔を浮かべている。まるで、これから向かうダンジョンに機体を膨らませているかのように。
……これで悪意が全くないんだとしたら、それはそれでどうなんだ。
受付カウンターには、ほとんど並ぶことなくたどり着けた。冒険者ギルド内の人込みも少しずつ減り始めている。
出遅れたことを自覚しながら、受付の人――俺は受付さんと呼んでいる――に用件を伝える。
「ペアの登録に来た。すでに抽選通りって確認は取ってるぞ」
「かしこまりました。では、こちらでお手続きをお願いします」
受付さんは、台の上で固定された水晶玉を指差した。これは、通わされた魔力をそのまま紙に映し出すことの出来るもので、本人であることを保証する際にはよく用いられる魔道具だ。
俺が手をかざせば、水晶玉の中にうすい灰色の靄が浮かぶ。それが少しずつ下に溜まっていき、やがて砂のように滴り始める。それが、水晶玉の下に置かれていた契約書の上に積もっていく。水晶玉の中身が空になり、しばらくしてから受付さんが砂を払うと、俺の名前が書かれていた。
同じような手順を踏んで、ニフェルも名前を刻んだ。これで準備完了だ。
「ありがとうございます。以上の作業を持ちましてペア登録は終了です。この契約書に魔印していただいた時点で、事前説明通り、お2人は翌週までペア関係が続きます。その間はペア以外への経験値の共有、強化能力系の付与、アイテム譲渡などが不能となります。ご注意ください」
「はい、ありがとうございました!」
ニフェルというのは元気な娘らしい。受付さんに向けて大きく手をあげ、返事した。
「では、よいペアパレードを」
そんな常套句に見送られた俺たちは、冒険者ギルドの正門から外へ。そのまま《四季折々》までの道のりを歩いていくことになる。
《四季折々》までは歩いて10分ほど。その間時間を潰すのと、ダンジョン内での役回りについて確認するべく、俺はニフェルのほうを見た。
「改めてよろしく頼む、ニフェル」
「はい! クロトさん、よろしくお願いします!」
礼儀正しく、明るい子だ。とてもダンジョン探索みたいな泥臭いことをやる子には見えないが……冒険者をする人たちには色々な事情がある。
俺のように日銭を稼ぐことを目的にする者もいれば、自己研鑽を目的とする者、家業と言う者だっている。ニフェルにも何かしら、理由があるのだろう。
「あの、クロトさんのご職業って何なんですか? 私は
後衛職に分類される職のひとつで、主に対象のステータスを増加させる魔法、
「……ん?
「はい、そうです! ……って、どうかしたんですか? お化けでも見たような顔をして」
ニフェルはあざとく小首を傾げる。幼さもあって可愛げがあるが、そんなことを言っている場合ではない。
「……だ」
「え? すみません、よく聞き取れなかったんですけど……」
「
「……ふぇ?」
ニフェルは、目を白黒させた。きっとニフェルから見える俺も似たような表情をしているに違いない。
「え?
「それだ」
「じゃあ、もしかして私たち……」
「前衛がいない、後衛職同士のペアってことだ」
「……嘘」
目を見開き、開きっぱなしになったニフェルの口から零れたその言葉は、口にした言葉とは裏腹に、嘘偽りのない、何の淀みも無いニフェルの本音に違いない。
それからしばらく再起動することのなかった俺たちの思考は、やがて人で溢れ返る《四季折々》の前にたどり着き、冒険者ギルドの特設受付が目に入った瞬間に復活した。
俺とニフェルは見つめ合う。出会って間もなく、何ならすぐにでも別れたいくらいではあるのだが、今この瞬間だけは同じことを思っているに違いない。例え言葉が無かったとしても、心が通じ合っていると思う。
緑色の瞳に映し出された俺の表情は、真剣そのものだった。
「行くぞ」
「はい」
頷き合って歩き出し、手持無沙汰そうにしている受付さんの前に躍り出る。
「こんにちは。どうかしましたか? こちらは冒険者ギルド《四季折々》前支部、特設受付で――」
「「どういうことだ(ですか)!」」
受付さんの言葉を遮って、俺たちは声を荒げていた。
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