第8話 クラス内カースト
「レンが戻って来るまで、このクラスは私が仕切るからね」
私、アヤネが教室でそう宣言した。
レンは昨日、ダンジョンでゴブリンにやられたのがよっぽど堪えたみたい。
まさか学校を休むとは思わなかった。
私はあいつの強さを信じていたし、レンだって自分の強さを信じていたはずだ。
あいつが負けるところなんか想像もつかなかっただけに、確かに昨日のことはショックだと思う。
でも私は誰にも媚びずに力で切り開いてきたあいつの強さを認めている。
(ここでへたれるならそれまでの男だ。私が惚れたレンはどこにもいなかった)
私はそう割り切ることにした。
レンが本当に強ければ一人で立ち直るはずだ。
私が優しい言葉をかけて立ち直るような甘い男なんていらない。
だから私はレンを待つ。
あいつが自分で立ち上がってここにくることを信じている。
それまでは私がこのクラスのボスだ。
「アヤネ、レンは大丈夫なんデス?」
「モノコ、あいつは絶対に自分の足で立ち上がるよ。そう信じてな」
「でもあのゴブリン、めっちゃ強かったデス……。ワタチ、魔物があんなに強いだなんて思わなかったデス……」
確かに私もあれには驚いた。
ダンジョンなんて何の職にもつけない奴がゆるく潜るもんだと思っていた。
でも考えてみたら一般企業に入るよりは楽かもしれないと気づく。
朝早く起きて満員電車に揺られて夜遅くまで残業をする。
そんな毎日を送るなら、探索者みたいに誰にも縛られないほうが気楽だ。
だから親父にこんなところにぶち込まれてもなんとも思わなかった。
親父がクソすぎてグレて、気がつけば不良の世界に足を踏み入れていたっけ。
この町最大のレディースチームに所属して、気に入らない奴は徹底的に痛めつけたな。
だけどあのゴブリンを見て情けないことに私はびびってしまった。
「レン、心配デス……」
「だから、あんたは余計な心配しなくていいよ。それともレンに気がある?」
「そ、そーいうわけじゃ、ないデスケド!」
モノコが縮こまった。
冷静に考えたら、こんなオタクみたいな子がレンに手を出すとは考えられない。
どうも気が立っているな。
「何をヒスってんだか……」
そんなボソッとした呟きが聞こえた。
私はすぐにそいつに目をつける。
「おい、聞こえたよ。何ならもっとヒスってやろーか?」
「え? いや、別に……」
「何が別に、なんだよ。遠慮するなよ……なぁッ!」
「うぐッ……!」
そいつを殴り飛ばした。
更に倒れ込んだそいつに足蹴りを連発しまくる。
「ぐはっ! や、や、めッ……」
「あーー? ヒスってるからなに言ってるかわかんないなぁーーー!」
何発の蹴りを浴びせたのかわからなくなったところで私は息を切らした。
足元を見ると、ボコった奴が痙攣している。
「……フン」
私は頭をかいて椅子に腰を落とした。
「ま、そういうわけだからさ。レンがいないなら私が一番強い。そこんとこよーく理解しな。あー、喉かわいた……おい、メク」
私が呼びつけるとメクが体を震わせた。
この女は足が早いし、何かをやらせるにはちょうどいい。
「喉かわいたからジュース買ってきてよ」
「で、でもそろそろ先生が……」
「来る前にダッシュでいって戻ってこいって言わなきゃわかんねーか?」
――パシィッ!
メクに対してビンタを張ってやった。
頬をおさえたメクはそのままの状態で固まっている。
「そこに転がってる奴を見て、よーく考えて行動しな」
「ひ、ひっ……!」
私がボコった奴を指すとメクは大急ぎで教室から出ていく。
相変わらず足だけは速いな。
メクが消えた後、私は椅子の背もたれに体を預けて考える。
(このクラスはレン一強で持っていた。だけどあのマオとかいう女が来てから、すべてがおかしくなった)
実際、あいつは何者?
ただの女教師じゃないのはわかる。
発言からして探索者なのもなんとなくわかる。
(あいつはレンがゴブリンにわざとボコられるように仕向けた。考えてみたら許せないよ)
どうしてくれようかとばかりにハラワタが煮えくり返る。
そのせいでレンがあんなことになった。
あのマオ、どうしてやろうか。何か弱点はないのかな。
* * *
「あら、メクさん。もうすぐホームルームが始まるのにどこへいくの?」
教室に向かう途中、メクさんと遭遇した。
この子は初日に出欠確認をした時もずっと俯いていた子だ。
ピンク髪の二つ結びでいかにもおとなしそうに見えるし、この学校に似つかわしくない雰囲気がある。
「あ、ちょ、ちょっと、トイレに……」
「……すぐに戻るのよ」
メクさんが私からすぐに顔を逸らしてまた走り出した。
あの走り方や姿勢、関節の動きからしてトイレを我慢しているようには見えない。
まるで何かに追い立てられているかのような焦りようだ。
私はとりあえず教室に向かった。
ドアを開けると生徒達がお行儀よく座っている。
(昨日の件が堪えたのかな?)
なんてちらりと見渡すと一人、顔を腫らした生徒がいた。
続いてクラス内に視線を水平移動するとアヤネさんと目が合う。
(目を逸らした)
この時点で何があったか察しはつく。
私は出席簿を教卓の上に置いた。
「タクミ君、その顔はどうしたの?」
「え? いや、別に……」
殴られた生徒タクミ君は言葉を濁した。
私はクラス内に視線を水平移動させると、アヤネさんがタクミ君を睨みつけている。
まるで余計なことを言うなと言わんばかりだ。
「誰に殴られたの。正直に言って」
「だからなんでもないって……」
タクミ君は男子の中でも体格は悪くない。
そんな彼を暴力で制圧できるなんてアヤネさん、なかなかのやんちゃぶりだ。
なんて考えていると教室にコソコソとかがんで入ってくるメクさんが見えた。
「メクさん、何を持ってるの?」
「ひゃい!?」
メクさんが驚いた拍子に床にジュースの缶が転がった。
あ、と言いたげにメクさんは青ざめていく。
「トイレにいったんじゃないの?」
「ああ、あのあの、すす、すみませんすみません! の、喉が渇いちゃってつい!」
私から見えないように缶を持っていたのはすぐにわかった。
その際にアヤネさんを見ると、バツが悪そうな顔をして小さく舌打ちをしている。
察しはつくけどメクさん、私とバッタリと鉢合わせしたのにあれを買いにいくのはやめなかった。
(どれだけ恐怖政治をしているのやら)
レン君が休んでいるのは見ればわかる。
そうなると、このクラスを仕切っているのはあのアヤネさんだ。
私は思わずため息が出そうになった。
「そのジュース缶は先生が預かっておくわ」
「は、はい……」
「そしてアヤネさん、あげるわ」
缶を受け取ると、私はすぐにアヤネさんのところにいって渡した。
「な、なにさ。なんで私によこすんだよ?」
「喉が渇いていそうだと思ってね。あ、授業中に飲まないでね」
そう言って私は教卓に戻って手持ちの資料を全員に配って授業をすることにした。
校長著の教科書は使い物にならないから、授業はこれを使うことにする。
まずは探索者の基礎の基礎であるスキルについて学んでもらう。
だけど、それ以前に学ばなきゃいけないことがあると思うけど。
アヤネさん、メクさん、タクミ君をそれぞれ観察しながら、私は授業を開始した。
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