第2話 猫は見ていた

「見事だ、人間」


 夢を見た。


「その剣技、その魔術、その精神。どれをとっても人とは思えぬ」


 1000年前、俺がまだ正式な封魔士ふうましだった頃の記憶。


其方そなたの剣はたしかにこの私に届き、封印せしめた」


 その生涯において、もっとも強敵だった妖魔の夢を。


「誇りに思うがいい。いつかこの封印が解けるまでは其方の勝ちだ」

「なら……俺の勝ち逃げ、だな」

「残念だ。1000年後の世に其方がいないとはな」


 そこで夢は終わる。

 目を覚ますと、そこは学校の教室だった。

 窓際の日当たりのいい席で眠りこけていたみたいだ。

 背もたれに寄りかかった背中を離そうとして、やけに身が重いことに気付く。

 あぁ、そうだ。俺の膝で久遠がひなたぼっこしてたんだっけ。

 昔はよくやったもんだが、人の姿でするのは止めて欲しいもんだ。


「久遠。久遠。ほら、起きろ」


 頬を軽く叩くと、久遠が嫌そうに目を覚ます。

 膝の上でうんと伸びをして、不満そうにこちらを睨む。


「席に、戻る。昼休みももう終わりだ」

「ふん」


 立ち上がって席に戻ると、頬杖をついてこちらをまた睨む。

 不満そうだが、二人羽織で授業を受ける訳にもいかない。


「よう。べったりだな、彼女」

「恋人じゃねぇって」

「あれで恋人じゃないならなんなんだよ」

「そう言われると言葉に困るが」


 俺と久遠の関係を適切に表現できる言葉が存在しない。

 主従関係でも、友人でも、恋人でもない。

 強いて言うなら仲間、いや家族か? それもクラスメイトから見れば奇妙な枠組みに思えるだろうが。


「俺は心配してるんだぜ? 屋土を狙ってた奴は多い。今やこの学校で敵が一番多いのはお前だ。なのにお前は見せつけるみたいにイチャついてると来た。そのうち包囲網が布かれて袋だたきに遭うぜ」

「イチャついてるつもりもねーんだけどな。まぁ……そう見られてもしようがないか、あれは」


 久遠を猫として見ればなんてことない微笑ましい光景でも、この人間体となれば話は途端に生々しくなる。離れるよう言って聞かせるか? 久遠が素直に従うとも思えないけど。

 けど、一度言うだけ言ってみるのもアリか。


「いっそ二人で駆け落ちでもするか? 流行の都市伝説みたいに」

「都市伝説?」

「知らないのか? 許嫁の男と結婚するのが嫌で逃げ出した少女二人の逃避行。この街で昔実際にあった事件なんだってよ」

「ふーん。女二人で駆け落ち」

「幾つか説がある。百合だったって説と、友愛だったって説」

「探せばどこにでもありそうな話だな。なんでそんなのが流行って――」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、程なくして先生が教室に現れた。

 話は中断。久遠の視線も黒板のほうを向き、真面目に授業に取り組んだ。

 学生らしく。


§


 その人間はよく二人で川沿いを歩いていた。


「あ、先輩見てください! 魚が跳ねてますよ!」


 老いてもないのに手を繋ぎ。


「あらあら、本当ね。挨拶してくれたのかしら?」


 男女でもないのに歩幅を合わせ。


「こんにちは」

「こんにちはー!」


 顔を見合わせては何が面白いのか笑い合う。


「わ! 見てください! 十回も!」

「まぁ、凄い。私は七回が限界だったのに」


 川辺で水切りをし。


「ほら、ほうき」

「わぁ! 私もやりたいです!」


 橋の下であやとりをする。


「ほら、起きて? 寝坊助さん」

「ふぁ……えへへ、先輩だぁ」


 その二人の行為を私は奇妙に思っていた。つがいいでもないのに、と。

 番いを作るのは子を産むためだ。相手が優秀であればあるほどよい。

 人間の場合、その証明は地位であり、名誉であり、財産だ。


 優秀な男がいた。


 街一番の家に住み、偉そうで、裕福だった。

 その番いが二人のうちの片割れだ。


「時間だ。いい加減、遊んでいないで家に戻りなさい」


 二人が離れる理由は日暮れではなく、番いだった。そのたびに二人は寂しげな顔をして、後ろ髪を引かれるように繋いでいた手を解く。


「先輩……」


 残されたほうは片割れを見えなくなるまで見送り、しばらく橋の下で泣いていた。そんな日々が幾日も繰り返され、ある日、大雨が降った。


§


 1000年。前世の俺が死んでから1000年の月日が経った。

 ちょうど俺が封魔士として封じた妖魔たちが復活し始める時期だ。

 全部が全部ではない。1000年の間に封印の中で乾涸らびた妖魔もいる。だが、耐え抜いて復活を果たした個体がいるなら、それは紛れもない強力な妖魔だ。

 放置はできない。


 例の都市伝説の話を聞けば、どうやら流行ったのは目撃例が複数挙がったからだった。河川敷に二人の少女が現れ、そして消える。

 俺が封じた中に該当する妖魔はいないが、復活した個体が影響している可能性もなくはない。封印した者として、復活した妖魔の再封印は役目だと考える。

 というわけで、放課後になったその足で河川敷へと向かった。


「噂によればここがそうだけど」

「ここは……」

「どうかしたのか? 久遠」

「……なんでもない」


 なにかありそうな含みのある返事だが、まぁいいか。


「異常は特になさそうだな。あぁ、そうだ。久遠に言っておきたいことが――どこに行くんだ? 久遠」


 川の流れを眺めていた久遠がふらりとどこかへと歩き出した。

 気まぐれなのはいつものことだが、その足取りには明確な目的地が有るようにみえる。1000年前、俺をどこかへ案内しようとしていた時の仕草とそっくりだ。

 今もちらりとこっちを見てはまた進み出した。


「はいはい、ついてくよ」


 すたすたと歩く久遠の背中を追って歩いていると、川のせせらぎに混じって、どこからか啜り泣くような声が聞こえてくる。視線を彷徨わせると、どうやら川に掛かる橋の下が発生源のようで、久遠は初めからそこに向かっていたようだ。


「まるでわかってたみたいだな」


 橋の下につくと、その影で一人の少女が泣いていた。歳は十五かその辺り。

 その格好は今の時代にはあまり似つかわしくない甚平で、その右手には赤い輪っかの紐が握られている。握り締められている。

 強い風が吹いて落ちていた木の葉が舞い、彼女の体を通り過ぎて行く。膝を抱えて泣くその少女は、しかしこの世の者ではない幽霊だった。

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