《昭和駅》

 浅野駅を出た蓮央れお義崇よしたか、そして焦げ猫は《安善あんぜん》→《武蔵白石むさししらいし》→《浜川崎はまかわさき》と駅を順番に巡り、飼い主探しを続けていた。


 しかし各地で日常タスクを照合しても、雷雨の日に別れた人物の居場所を突き止められない。時刻は昼過ぎとなり《昭和駅しょうわえき》で一旦食事をする事に決めたようだが、店舗扉前にある狸の置物の前で腹ペコの蓮央れおは頭を抱えている。


「店、閉まってるじゃんかよぉ……!」


【やはり、工場勤務者向けと言った所でしょうか。土・日休業は致し方ありませんね】


 リュックから顔を出した焦げ猫が音声を発する。《昭和駅しょうわえき》一帯は製鉄所と製造工場を建てる為の埋め立て地であり、繁華街のような飲食店やコンビニが無いのは当然といえば当然である。


「飯どうすんだよ〜……って、ポッター何食ってんだ!」

「何って、クリーム玄米ブランだけど?」


 用意周到という顔で、義崇よしたかは栄養食品をかじった。ずるいと蓮央れおは歯を食いしばるが、現地でなんとかしようとした浅はかさは痛感してるようで、悔しいだけにとどめている。


蓮央れおくんって外出する時、何も調べなさそうだよね」

「失礼だな! 約束の時間に着けるよう、電車の時間くらいは調べるってぇの!」

「最寄駅の事だけで頭いっぱいじゃん。とりあえず、一つ前の《浜川崎駅はまかわさきえき》に戻れば色々お店あるから辛抱しなよ」

「ていうか、二個あるなら分けてくれても……」

「嫌だ」

「くぅ〜……ッ、わぁったよ! 鶴見駅で菓子くらい買えば良かったのに、オレっていつもこうだよなぁあ」


 入船公園のセンチメンタルをここまで持ち運んでしまったのか、蓮央れおは素直に後悔していた。それを見て軽食を済ませた義崇よしたかは、駅に戻ろうと提案して一同は移動を始める。


「次が終点の《扇町駅おうぎまちえき》になるけど、ここまで何も手掛かり無しって実際どうかと思うよ」


【照合してみない事には、なんとも申し上げにくい状況ではあります】


「じゃあ、全部無駄足になる可能性もあるって事だよね」

「おいよせよポッター、ホントお前一言多いって」

「何言われても落ち込まないのがロボットじゃん」


 蓮央れお咄嗟とっさに口を開くが、何も言い返せなかった。AIはデータの【推測】で人間は心の【推察】そこが決定的な違いだと分かっているからこそ、ペットでしかないミゥに感情論を当てめにくい。


「何も間違えてない。俺も、蓮央れおくんも……焦げてるミゥも」


 理性的な義崇よしたかが必死に選んだ言葉。鶴見線を利用してからずっと、少年達と焦げ猫は見失っている事に直面し続けている。次が本線の終着駅、そこですら何もなければ後戻りしかなくなってしまう。


扇町駅おうぎまちえきには、昔から[地域猫]がいるそうです】


 リュックから顔を出すミゥから発せられた耳寄りな情報。今のコミュニケーションプロセスで、どう導き出されたのだろうか。蓮央れお義崇よしたか、そして焦げ猫までもが、非日常にしかない未知の領域の中にいる。


「その猫って、撫でていいやつ⁉︎」

「地域猫って事はそれなりに人慣れしてるだろうから、近付いても逃げはしないとは思うけど」


 蓮央れおは野良猫に触れ合う気満々でいる、動物好きな側面を理解した義崇よしたかは、少し前の話を巻き戻す。


「お腹空いてるなら、先に《浜川崎はまかわさき》じゃない?」

「そんなん後回しでいいって。駅に居座る猫とか、絶対人懐っこいよなあ」

「猫ならここにもいるけど?」


 義崇よしたかは、背中のリュックに注目したらと顎で示した。蓮央れおは目を細めて焦げ猫を見るが、やはり無機質なイメージが先行してしまう。


「お前喉撫でても、ゴロゴロしなさそうじゃん!」

【できますよ。ワタシはAIペットですから】

「ほーお? じゃあ、触らしてみろや!」


 焦げ猫のドヤ顔感ある音声に、蓮央れおは喉元を指で撫でてみる。するとゴロゴロ鳴き始め、目を閉じてリラックスしている顔を見せてくれた。まるで本物の猫、だが動物好き的にはギリギリ納得出来ないものなのか、また頭を抱える。


「なんかちぐぁーう! それに抱っこしたら硬そうだし!」

「猫と同じ可動域なのもあって、結構しなやかな抱き心地だったけど?」


 鶴見駅から焦げ猫を運んできた義崇よしたかによる、当てになるコメント。そのまま猫っぽくない、猫っぽいの意見を押し付け合いながら、少年達は再び《昭和駅しょうわえき》に戻ってきた。蓮央れおは構内に掲示されている時刻表を確認する。


「えーっと、次の電車は……どぅあッ⁉︎ 14時までこねぇんだけどぉ!」


 現在12時半。次の《扇町駅おうぎまちえき》行き列車が来るまでに、一時間半以上待たなければならない、最初に焦げ猫が注意を入れた通りで、通勤時間外の本数が極端に減るのが鶴見線なのだ。


「ヤバすぎだって! 近くに漫喫まんきつもゲーセンもねぇのに!」

「じゃあ歩けばいいじゃん《扇町駅おうぎまちえき》までさ」

「何言ってんのお前⁉︎ こっからどれくらい掛かると思ってんだよ!」

「徒歩10分だけど」


 義崇よしたかはスマホに出ている経路案内の結果を紋所のように見せる。距離にすると1kmもなく、通学感覚で歩けば問題ないはずだが、蓮央れおは顔を「ぐぬぬ」とさせながら、身振り手振りで些細ささいな抵抗をする。


「くッ、ここまで電車乗って来たのに最後だけ歩くのって……なんか違くね⁉︎」

「じゃあ次の電車来るまでここにいなよ。俺は先行って、地域猫とたわむれながら待ってるから」

「ぬぁああッ、分かった歩く! 歩くってえ!」


 蓮央れおはあっさりと折れた。そのまま二人と一体は、鶴見線の線路を逸れて車道ルートから《扇町駅おうぎまちえき》に向かって歩き始めた。何か見所があればと散策してみるが、路上駐車するトラックと工場を囲うフェンスと防音壁ぼうおんへき以外何もない、そうなると興味はリュックから身を乗り出す焦げ猫に向く。


「何度見てもその焦げ跡すっげえよなあ、雷落ちてくるとかウルトラアンラッキーじゃん」

「そもそも、あの悪天候の中で何してて飼い主とはぐれたのって話だけど」

「んー……、どうしても田んぼの様子を一緒に見たかったんじゃね?」

「いま二月って所にツッコミたいけど、まず鶴見周辺に田んぼあんの?」


 義崇よしたかは焦げ猫に尋ねてみる。ミゥの普及により新たな[ユビキタス社会]が到来し、地域の事を聞くならネットよりミゥと言われている時代である。しかし焦げ猫は返答せず、フリーズしたように乗り出し姿勢のままで硬直している。

 二人は不具合かアップデートでもあるんだろうと気にせず、適当な会話を挟みながら鶴見線の終着駅となる《扇町おうぎまち》を目指して歩みを進めた。

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