《浅野駅》

 二人と一体を運ぶ列車の線路は、高架から地面へと様変わりした。国道から《鶴見小野つるみおの》→《弁天橋べんてんばし》と駅を通過し、次の目的地である《浅野あさの》に到着した。

 降りてみると鉄塔や四角形の建物が目立ち、工業地帯に突入したと思わせる景観が広がっている。踏切を渡る大型トラックを何台か見送りつつ、義崇よしたかがICカードを出した瞬間、蓮央れおは足を止めて後ろを向く。


「おいポッター、あっちは何だ?」


 そう言って指差した先には、3番・4番線ホームがあった。二人が降りてきた1番・2番ホームと違って雨をしの上屋うわやは塗装が剥がれ落ち、線路は緑の雑草が自由に伸び、正に秘境駅のような雰囲気ふんいきが漂っている。


「ああ、そっちは《新芝浦しんしばうら》と《海芝浦うみしばうら》方面のホームだよ。完全に働いてる人達専用で、飼い主探しにも俺らにも無縁だね」


 それを聞いた蓮央れおは引っ張られるように3番ホームに近付き、義崇よしたかがやれやれ顔で後に続く。短い乗り場からびるカーブした路線は少年心がとてもくすぐられる。


「なんか……あの先にも駅あるって、ワクワクするんだが!」

「その感覚分かるけど、終点は私有地だから降りたら不法侵入になるよ」

「一般人お断りとか、ますますワクワクするんだが!」


 どこまで続いているのか気になって仕方ない蓮央れおを置いて、義崇よしたかは駅出口に向かっていく。利用客がその場にいない事を感知した焦げ猫は、背負われてるリュックから顔を出した。


浅野駅あさのえきに、到着しましたね】


「なんか一気に工業団地って感じする。ここら辺って人住んでんの?」


【駅から少し離れますが、暮らしている方はいらっしゃいますよ。貨物運送用の産業道路、海へ続く運河うんが埠頭ふとうが隣接しており、埋め立て地らしい景色になってきましたね」


「うんがってなんだ⁉︎ 絶対、うん「人工水路の事を運河うんがって言うんだよ、分かったら黙っててくんない?」

「やっぱ、うんこ流すとこか!」


 き止めても、汚物が押し寄せてきた。無人駅で本当に良かったと、義崇よしたかは感謝するように眼鏡を掛け直して駅を出る。


【駅から少し歩いた先に《入船公園いりふねこうえん》があります。そちらへ向かって頂けますか】


「今度は駅じゃなくて、公園なんだな〜」


【そうですね《浅野駅あさのえき》のご主人様は、日課が公園のお散歩で——】


 蓮央れおへの返答後、焦げ猫はコミュニケーションプロセスを一時停止した。国道駅同様、人物の情報を縁の無い相手に共有しようとしている。システムトラブルとして[ミゥネットワーク]に送信した後、日常タスク更新に目標を切り替える。


 若者達が軽く会話している間に、入船公園いりふねこうえんの正門に到着した。灰色の工場地帯に足を踏み入れた筈だが、今は緑に囲まれている。


「タイムスリップの次は、異世界転移か?」

「鶴見から、ここまで3kmくらいだよ。つまり俺らは、山手線の新大久保から目白くらいの距離しか移動してないって事」

「絶妙に場所分かんねえ駅と駅で例えんなって。やっぱお前、電車大好きだろ」


 国道駅の時と似たやり取りを挟みながら、公園の中に入った。そこは物流センター並みに広く、テニスコートや野球場、ドッグランの他にもよおし物の開催地にもなっているのか、看板には告知ポスターが貼られている。


 焦げ猫の案内に従って向かった先は、樹木に囲まれた芝生が伸び伸びとしている自由広場。土曜日の昼前もあって、家族連れの姿が目立つ。


「おぉ〜! 超、寝心地良さそうじゃん」


 長距離移動はしていないが、疲れを癒す様に蓮央れおは芝生に寝っ転がった。大の字で快晴の青と植物の緑に挟まってみるが、二月の寒さを忘れさせる陽気がまた、気持ちよい。


「こういう公園来るの久々だな〜、ポッターもそうだろ?」

「そうだね。普段、寄ろうとも思わないし」


 リュックを地面に置いた義崇よしたかは腰を下ろして、足を楽にした。すぐ目の前では、子供や若者がボールや遊び道具を使って現代も続く外の娯楽を楽しんでいる。


【ワタシは日常タスクの照合を行いますね】


 リュックから顔を出した焦げ猫は、ヒョイと芝生に着地した。瞳のディスプレイに景色を取り込み、位置情報をインプットデータと同期させていく。確認範囲が広いため歩き回るものの、怪我を抱えたような足取りは若者二人の視線を集める。


「なんか見てるだけで心が痛むぞ……」

「あれだけげてるんだし、やっぱり色々故障してるんじゃない?」

「マジで、AIペットに見えねえ。ミゥといえば——ほら、あれだろ!」


 身体を起こした蓮央れおが見つけたのは、数人で固まって遊ぶ幼児達。親と思われる人達は談笑しており、子供の見守りをしているのは機械的な作りのミゥだ。焦げ猫と違い、一目でロボットというのが分かる。


「幼稚園とか学校で見るのは機械っぽくて、地域のはぬいぐるみタイプだよな〜」

「ICT教育も含めて、子供向けミゥはロボットの作りだからね」

「なんだよその、アイシーテーって。恋愛脳か?」

蓮央れおくんも、GIGAスクール世代じゃん。小学校高学年で習うだろ、LOTプログラミング……」


 なにそれ知らない。という顔の蓮央れおを見た義崇よしたか項垂うなだれた。幼い時からデジタルツール学習が必修化されていた二人は、一度だけクラスメイトになった過去に思いを馳せる。


「そういやポッターは、校庭でもタブレット端末いじってたよなあ」

「メガネってだけで魔法使いポッターとか、男子集団に混じって俺に圧力かけてたよね」

「オレに悪気はなかったんだよ! なんつうか、こう……バカ騒ぎって人の心無くすっつうか!」

「別に気にしてないよ。あれは担任の先生が、あだ名と名前呼び容認してたのが悪いし」


 どうでも良さげな態度で話す義崇よしたかの足元に、サッカーボールが転がってきた。それを取りに、若い男性が近付いてくる。


「すみません、ありがとうございます!」


 感謝を受け取った義崇よしたかは、ボールを静かに手渡す。そこに「パパ、はやくー」と幼い男児が遠くから声を上げていた。返事をするように男性はポンとボールを蹴って、元の場所に戻っていく。


「……」


 それを無言で見つめる義崇よしたかを横目で見た蓮央れおは空気を読んでそっぽを向くが、鬼ごっこで遊ぶ男子小学生達が視界に入ってきた。

 崩れない一瞬が目の前で動き出しているのに、少年二人は賑賑にぎにぎしく踏みならされた芝生の上で止まっている。


【おまたせしました】


 そこに、日常タスクの照合を終えた焦げ猫が戻ってきた。蓮央れお義崇よしたかは反応するが、何も言葉を返せずにいる。


【残念ながら《浅野駅あさのえき》のご主人様も、ワタシが探している方とは違うようです】


 またしてもハズレ。だが一日かけて探し回るつもりでいた二人は、特に問題ない顔で立ち上がる。まず先に動いたのは蓮央れおだった。


「じゃあ次いくか、次〜!」


 スマホだけを見るように、発車時間を調べる蓮央れお。その横にいる義崇よしたかは、リュックを下ろして焦げ猫を入れようと抱えた。


【お手をわずらわせて申し訳御座いません。機能が万全であれば、自力で解決するのですが】


「問題ないよ。俺ら、ひまだし」


 義崇よしたかは芝生で、休日を満喫する家族連れを目で追う。材料で埋め立てた臨海工業地域に、人が固まってくつろげる場所があるとは思わなかったのか、受容うけいれる緑に囲まれて身動きが取れずにいた。

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