第4話 魔眼と視覚

 後片付けはやっておくから早く寝ろ、というひすいさんのお達しがあったので、その日は、身支度を済ませた後、眠ってしまった。

 翌朝、茶の間に、ひすいさんは現れなかった。寝室に戻った形跡もない。あの死体と夜通し向き合っていたのだろう。自分用の朝食と、ひすいさん用のサンドウィッチを作成した。オレの分を食べてから、蝿帳をかぶせ、離れへと持ち寄った。

 かつて撞球場として作られた建物は、芹澤ひすいの手によって、診察室と手術室を兼ね備えた作業場になっていた。

「もう朝ですけれど、進展はありましたか」

 診察ベッドには昨日の死体が寝かせてあった。オレはドア近くの丸椅子に座った。ひすいさんはモニタから顔を上げた。

「大まかにだが、一応は。サンドウィッチはありがとう。食べながら解説するよ」

 患者に病状を説明する医者のようになった。違う点は、デスクには飲食物が置いてあり、診察ベッドにはグロテスクな死体が載っていることだ。

「まず、今回の死体の特徴についてだ。通常と異なる点は何だと思う?」

 診察ではなく、対面授業だ。

「眼球と脳が無いことでしょうか。死因もそれが原因では」

「正解だ。今回は頭部外傷かな。頭頂骨から楕円形にくりぬき、脳そのものを引き抜いたのが大きい。その後、眼球、視神経、それに合わせ瑰玉も取り出した。まあ、作業するのに暴れられると困るから、結構前には死んでいたと思うよ」

「それでは瑰玉と、咏回路だけ取り出せばよかったのではないでしょうか。単に殺意を持って殺すだけでしたら、手の込んだ殺し方をする必要はありません。瑰玉、つまり、その人の扱える奏術を奪い、新たに人間もどきに搭載するのに、わざわざ脳と眼球を奪う必要があるのですか」

 ひすいさんはサンドウィッチを飲み込むように食べている。おなかが空いていたのだろう。

「ユーイチ、これだよ」

 そういうと、ひすいは、右目の眼帯を外した。

 ブリリアントカットの義眼が露わになる。その輝きに注意が集まる。朝の光を集め、七色に反射している。光そのものをのぞきこむ感覚だ。

 不意に、額を叩かれた。

「見すぎだ。コレは魔眼持ちだったのだよ」

「ひすいさんのそれは義眼ですよね。生まれながらにして魔眼などあるのですか」

 質問して、ふと思い返す。昨晩、バーで出会った青年は義眼ではなかった。奏術を行使した様子もないが、あの店にいた全ての人間に注目が集まっていた。

「まあ、あることにはある。私のコレのように、周囲の注意を集めるもの、自身の存在を見えなくさせてしまうもの、相手に幻覚を見せたり、解析ができたりするものもあるな。未来予測もあるけれど、精度はピンキリだ。予測の魔眼だと、ほとんどが治療を希望している」

「眼球単体で魔眼ではないのですか」

「違うね。眼という光の情報を処理するだけでは、プリズムと変わりはしないよ。見えた情報に対して、どのように処理をするかが重要なのさ。例えば、私の魔眼、これは通常の視覚はない。つまり、何も見えてはいない、ということに近い。でも、亜鈴であれ、人間もどきであれ、動きが停止するだろう。脳の特定箇所を魔眼と接続させて、「人の形をしている」と脳で認識したものに対して、注意を向けさせる奏術が発生されるのさ」

 どういうことだろうか。

「まあ、私の魔眼は今は関係ない。この死体は、魔眼を持っていて、それを奪われた可能性が高いってことだ」

「魔眼については、わかりました。魔眼が珍しいというなら、きっと目立っていたのではないですか」

 腕を組み、ひすいさんは椅子にかけなおした。

「そうだねえ。結局は聞き込みに出るしかないね。土生津が言っていた、最初にこれが持ち込まれた丸の内の屯所に向かうかね」

 これから外出になるようだ。ひすいさんは、再度、死体、遺体と言い換えたほうがいいか、に防腐の奏術を掛けていた。もともとかかっていたものに対して二重にかけている。

「着替えてきます。皿は台所の流しに入れておいてください」

「はいよ」

 手を振るひすいさんを背に、オレは元撞球場を出た。

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