28.改革! 素材調達課

 三人の部下たちは、クロダを放置したまま改善案の話し合いを進めていた。


「素材調達課と聞いて、まず最初に思いつくのは窓口業務です。そこをうまく効率化できればと思うのですが……」


 イゼルは腕を組み、険しい表情で考え込む。


 リーナは議事録を取りながら会議に参加しているが、ペンを持つ手は止まったままだ。


「私たち、素材調達課のことを何も知らないですからね……」


 ため息をついたリーナは、手元の資料をめくりながら何か手がかりを探すが、めぼしい情報は見つからないようだった。


 議論が停滞しかけたそのとき、ユートが遠慮がちに小さく手を挙げた。


「僕、まだ細かいことは何も分からないっスけど……だったら、素材調達課の人に聞くしかないんじゃないスか?」


 その一言に、イゼルとリーナはハッと顔を上げた。そして二人して、クロダをじっと見つめた。


(やっと、俺の出番が来たか……?)


 クロダは椅子にくくりつけられたまま、必死に体を左右に振って、数センチ前進した。


「えーと……そろそろロープ、解いてもらってもいいですか?」


「ダメです」


 イゼルの返答は素っ気ない。


 すごすごと引き下がったクロダだったが、今度はリーナが声をかけてくる。


「課長。以前、素材調達課で働いていたとき……何か、困っていたことはありませんでしたか?」


「困ってたこと?」


「はい。作業者目線で、何かヒントになりそうなことがあればと思いまして」


(なるほど……)


 クロダは感心しつつ、素材調達課での日々を振り返る。


 初めての窓口業務。慣れない仕事に必死で食らいついた日々――。


(うーん。あの頃は、ただ目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで……とくに思うところがないなあ)


 そして、横領が発覚したあの日。たった一人で窓口を回した、あの怒涛の一日。


(あれは本当に大変だったなあ。課長がいなかったら、どうなってたか…………)


「あ」


 考え込んでいたクロダが、小さく声を漏らす。その様子を見たリーナは、期待に目を輝かせた。


「何か思いついたんですか!?」


「う、うん」


 勢いに押されながらも、クロダはこくりと頷いた。

 

「そういえば、扱う素材の種類が多くて大変だったなあ……って」


「種類、ですか?」


「うん。百種類以上あって、しかも価格も変動するんだよ。覚えようとしたんだけど、半分も覚えられなくてさ」


「それは、誰だって無理なのでは……?」


「そう? でも、窓口にほとんど立たないセシル課長は全部覚えてたよ。やっぱ、見習わないと」


「……それ、セシル課長がすごすぎるだけですよね?」


 リーナのツッコミに、イゼルとユートが深く頷いている。


 しかし、クロダは釈然としなかった。


 無能は時間をかけて体に叩き込むしかない。仕事とはそういうものだ。


(そう思うんだけど……俺、なんか変なこと言ったかなあ……?)


 不安を感じ始めたクロダとは対照的に、三人の部下たちはクロダの話に何かを見出したようで、顔を見合わせて頷き合う。


「課長の話をもとに……こういう案でいくのはどうでしょうか?」


「はい! それで行きましょう!」


「賛成っス! とてもいいと思うっス!」


 三人は、決まった方針に基づいててきぱきと提案資料を作りはじめた。クロダの存在など忘れたかのように、見向きもしない。


「おーい、みんなぁー……」


 か細い声で呼びかけるクロダだったが、誰も彼のほうを振り向かない。全員が仕事に没頭していた。


 そして結局、提案資料が完成する最後の最後まで、クロダはずっと蚊帳の外だった。





 翌日、クロダたちは素材調達課の執務室へと向かった。


「業務整備課から、作業効率化の提案をさせていただきます」


 イゼルが代表して、提案書をセシルに差し出す。


 セシルは無言のまま、それを興味深そうに提案書をめくり始めた。


「素材の種類ごとに窓口を分離……ですか」


 ぼそりと呟いたセシルに、イゼルは力強く頷く。


「はい。現状では取り扱う素材の種類が多すぎて、窓口担当者の負担が大きすぎます。担当者ごとに扱う素材を限定すれば、効率は大きく改善されるはずです」


 セシルは、いつの間にか提案書から顔を上げ、鋭い視線でイゼルを見据えていた。


 さすがのイゼルも、その迫力に思わずたじろぐ。


(分かる。セシル課長、こういう時の圧が尋常じゃないんだよな……)


 横から同情するような視線を送るクロダをよそに、セシルはいつも通りの平坦な口調で言葉を継いだ。


「では、私から二点、質問があります」


 クロダはドキリとした。


(この流れは、あまり、いい思い出がない……!)


 イゼルも、緊張で体を固くしている。


「まず一点目。窓口を分けるメリットは分かりました。では、逆にデメリットは?」


 セシルの問いに、イゼルは言葉を詰まらせる。答えは用意していたものの、緊張で口が動かない――そんな様子だった。


 その沈黙を見て、すかさずリーナが一歩前に出る。


「デメリットとしては、流通量の多い素材を扱う窓口に負荷が集中すること。また、方式変更によって、作業者にも利用客にも混乱が生じる可能性があります」


 リーナの回答に、セシルはわずかに目を細め、そして静かに頷いた。


「……よいでしょう。では二点目」


 セシルは言葉を切ると、今日初めてクロダに視線を向けた。


「……なぜクロダは簀巻きになっているのですか?」


 クロダは、いまだにロープでがっちりと拘束されていた。ロープの端はしっかりとリーナが握っており、逃げ出すことは不可能だった。


「な、なんででしょうね……?」


 クロダは乾いた笑みを浮かべて答える。実のところ、クロダにも理由はよく分かっていなかった。


 素材調達課に向かう際に、椅子からは解放されたものの、ロープそのものは外してもらえなかったのだ。


「深くは言えないっスけど、うちにはうちの事情があるっス……」


 ユートは申し訳なさそうにそう言うが、やはりロープを解く気配はない。


 セシルはやれやれといった表情で首を振る。


「……まあ、いいでしょう。改革案を承認します。すぐに課員に周知しましょう」


「あ、ありがとうございます!」


 イゼルたちはホッとした様子で、そろって深々と頭を下げる。


(業務整備課としての初仕事……なんとかなった、のか?)


 何の貢献もしていないクロダは、どこか後ろめたい気持ちを抱えながら、それでも遅れてセシルに頭を下げた。

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