21.僕も誘ってよ!
あまりにも場違いな部門長の声が、かえって会議室の緊張感を一層高めた。
「あれ? どしたのどしたの。せっかくのゴールデンタイム、テンション上げてかないともったいないよー?」
部門長は巨体を揺らしながらのしのしと進み、会議室正面の特等席にどっかりと腰を下ろした。
「で、セシルちゃん。状況、どんな感じ?」
セシルは、不自然なほど明るい部門長の声にも一切動じず、淡々と口を開いた。
「事前にご報告させていただいた通り、そこにいるクロダを除いた課員全員が、横領に関与していたことが判明しました」
「うんうん」
何度も頷く部門長は、なぜか上機嫌だ。
「で、そこの新入り……クリタちゃんだっけ? 君のお陰で、発覚したってこと? お手柄じゃーん!」
「ええ、そういうことです」
セシルは素直に頷く。
「え、あ、いや、私は普段通り、自分の仕事をしたまでで……」
クロダは動転し、名前の間違いを訂正するのも忘れて照れ笑いを浮かべた。
「いやいやいや、大仕事だよ、クマダちゃん。その素晴らしい働きに、部門長賞をあげちゃいましょう! ほい、どうぞ!」
部門長はクロダの目の前までやってくると、懐から麻袋を取り出して手渡した。
賞状を受け取るように頭を下げながら両手でそれを受け取ると、ズシリとした重みが伝わってくる。チラリと中身をのぞくと、大量の銀貨が詰まっていた。一目では到底数えきれない量だ。
(部門長さん……いい人じゃないか)
クロダが感動で目を潤ませている間に、部門長は自席へ戻ると先ほどの調子で話を続けた。
「で、横領に関与した他の課員たちだけど……」
いよいよ本題だ。どんな処分が下されるのか――会議室には、背筋が凍るような緊張が走った。
「分かる! 分かるよ~。お金って、いくらあっても困らないもんねえ? ギルドはたくさん稼いでるし、ちょっとくらい……って思っちゃうよねえ!」
部門長の軽口に、課員たちはほんのわずかに安堵の表情を浮かべる。だが、セシルだけは一切表情を変えない。
「だからさあ、横領は多少は見逃してあげてもいいと思ってるんだよ。――僕に、話を通しておいてさえくれたら、ね?」
途端に、部門長の声が先ほどまでとはまるで別人のように低くなる。その瞬間、部屋の空気が凍りついた。セシルは静かに首を横に振り、ため息を漏らす。
(や、やっぱり、怖い人だぁ……)
◇
「僕がこの世でいちばん許せないこと、知ってる? それは、『誰かが僕の見えないところでお金儲けをすること』。誘ってくれれば、僕も喜んで乗ったのに。黙ってやるなんて、それって話が違わない?」
「そこは、私の指導が至らない部分もあり……」
「セシルちゃんもさあ」
なんとか部門長をなだめようと口を挟んだセシルに、怒りの矛先が向かう。
「課員の手綱くらい、ちゃんと握っておいてよ。どういう教育してんの?」
「返す言葉もございません」
「それに比べて、シマダちゃんは偉いよね? さすがバルドちゃんの弟子、って感じかな??」
部門長の言葉に、セシルの顔がわずかに歪み、小さく唇を噛んだ。
「どのような処分でも、甘んじて受け入れさせていただきたく……」
「いやいや、セシルちゃんを処分しても意味ないでしょ。人手も足りてないのにさ。ただでさえ横領で売上減ってんのに、挽回する気ないの?」
「……いえ、そのようなことは」
部門長とセシルの緊迫した応酬に、下っ端のクロダが口を挟める余地などない。
(胃が痛い……罰でもなんでも受けるから、早く終わってくれえ……)
部門長はため息をついた後、ようやく処分を言い渡す。
「しばらくの間、ヤマダちゃん以外の素材調達課の給料は二割カット。横領分はそれで補填しといて? それと、セシルちゃんは不正防止策を講じて、報告書を提出すること」
「……承知いたしました」
「もちろん、日々の業務はこれまで通りちゃんと回してよ? あ、でも、横領メンバーに大事な仕事を任せるなんて、絶対ダメだから。分かってるよね?」
「……もちろんです」
「はいっ、じゃあこの話はおしまい! みんな、バイなら~~~!」
部門長はそれだけ言い残すと、ひらひらと手を振りながら会議室を出ていった。
◇
会議室に残されたのは、苦虫を噛み潰したような表情のセシル、胃痛に悩まされるクロダ、そして怯え切って身じろぎ一つできない課員たちだった。
「……というわけで、処分は甘んじて受け入れましょう。今日の業務は、これで終わりです」
セシルの言葉を合図に、課員たちはぞろぞろと会議室を後にしていく。その足取りは重く、口を開く者は誰一人としていない。
(自分だけ処分無しだなんて、気まずすぎる……)
クロダは周囲の視線を気にしながら、気配を消すようにしてこっそりと部屋を抜け出そうとする――が、その努力もむなしく、肩をがっちりと掴まれた。
恐る恐る振り返ると、そこにはセシルが立っていた。
「クロダ」
「は、はい、なんでしょう……?」
体を硬直させたクロダに、セシルは呆れ顔を向ける。
「何も悪いことをしていないあなたが、どうしてそんな情けない顔をしているんですか……。それと、部門長の名前間違いは、ちゃんと訂正しなさい」
「は、はい、すみません……」
「しかし、それはさておき」
セシルはすぐにいつもの真面目な表情に戻る。
「部門長が言ったとおり、不正に関与したメンバーには重要な作業を任せられません。つまり……私の言いたいことが分かりますか?」
「えっと……横領が見つかって、オーノー……いえ、なんでもないです」
セシルの目が静かに細まり、無言の圧がクロダに刺さる。クロダは慌てて口をつぐむ。
「……あなたのギャグのセンスは絶望的ですね」
「い、いやあ、褒めても何も出ませんよ」
セシルはこれ見よがしに大きなため息をつくと、自嘲気味につぶやいた。
「あなたを信用するなんて、我ながら頭が悪いんじゃないかと思いますが……背に腹は代えられません。明日からの窓口業務は、あなたに任せます。課の中心として、動いてください」
「え! ……は、はいっ! 承知いたしました!」
思わぬ大役に驚き、条件反射で元気よく返事をしてしまったクロダだったが、心の中では不安が渦巻いていた。
(課の……中心? 俺が……? 無理だよ、そんなの……)
そのとき、クロダの腹がぐぅ、と鳴った。間の抜けた音が、妙に不気味に響いたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます