【スピンオフ】蜂蜜とシナモンとハバネロを豆腐にかけたような…byキャロライナ

月乃ミルク

第1話完結 キャロライナの最後

二車線の道路を挟んだ先に、青葉を見つけた。連絡先がわからなくなってから、なんだかずっと心が彷徨ってたのに、姿を見ただけでこんなに心が躍るなんて。


……でも、死にたくなるほど、心が痛い。張り裂けそうに苦しい。


*……*……* 


 青葉は、俺にとって感じたことのない特別な感情を抱かせた唯一の女性。既婚者だからとか子供がいるからとか、そんなしがらみが吹き飛んだ人。言葉にすることができない不思議な感情を、理性で抑えることは難しい。それがツインレイと言われればそうかもしれない。


 青葉は、結婚する男を振って俺のところにきた。そこまでの覚悟で俺に飛び込んできた青葉。その時は、俺が守る、俺が幸せにする。そう思っていたけれど、親として男として、一人の女性との愛を貫くなんて、あまりにも自己中じゃないか?共働きでお金に余裕もある。今の生活が絶対嫌だというわけではない。いずれそのうち、子供が大きくなったら離婚する。もう少しもう少し。家族と青葉を天秤にのせ、バランスをとる。


 離婚をする意思があっても、状況的に動けない。そうやって、状況のせいにすることで、自分は子供思いの良いお父さんであり、男として何も悪くないことだと思っていた。


 青葉と会う前から仮面夫婦だったし、妻とはセックスも会話もない。これまでも、これからもずっと。それが青葉への禊を誓った、俺なりの愛の表現の仕方だと自分を正当化する。


 ただ食卓を囲んで、ただ同じ風呂に入り、同じ寝室で、並べたシングルベッドで別々にただ寝て、ただ生活を共にしているだけ。


 青葉とのデートも特別なものだった。青葉の笑顔が大好きで、少しでも幸せになって貰いたくて、青葉のために使うお金は、少しも惜しくない。逆にそれが俺の喜びだった。なのに、青葉は、俺の気持ちも知らないで、俺を責めてばかりいると思っていた。


「心は青葉のものだから。青葉の幸せが俺の幸せだから」 

青葉を大きな愛で包んでいるんだよってことをわかって欲しかったんだけど……、でも、そんな言葉は青葉を深く傷つけていただけだったんだな。


 青葉が旦那さんと子供と一緒にいるところを目撃して、青葉への愛の表現だと思っていた、その“ただ”がどれだけ青葉を苦しめていたのかと思い知らされる。


「特別」じゃなく、「日常」でありたかっただけだから。


 ある時から、青葉は俺に不倫や離婚の話をしなくなった。おかげでケンカはなくなって、関係性は落ち着いたと思っていたが。突然、連絡がとれなくなって俺の前から姿を消した。


 優しい人ほど、怒りや我慢に限界が来た時は何も言わずに居なくなる。本当にそうだった。


 そんな青葉の限界に気が付かなかった俺。青葉が居なくなって、一瞬動揺をして、それから怒りが何カ月も続いて、それも落ち着いてくると青葉が幸せならそれでいいになった。青葉に謝罪する気持ちなんて微塵もなく、青葉は思い出になっていき、俺は何も変わらない日常を“だた”過ごせるようになっていた。


 でも、今この瞬間、しっかりと俺の目は認識した。他の男との子供と、三人で幸せそうに手を繋いでいる青葉を見せつけられた。


 道路の向こうに居る青葉が俺に気付いて、両手を大きく振ってニコニコと笑っている。大声で「ありがとう!」そう言って、深々とお辞儀をした。俺も、右手を大きく振って「ありがとう!幸せにね!」そう大声で応えた。その気持ちは本物だ。青葉の幸せな笑顔と、少しふっくらした体つき。そして、「ツインの彼だよ」と、隣の男に言っている口の動きを見て取れた。俺の事も言えるほど、安心して甘えられる人が青葉の側にいると思うと、本当に嬉しい。隣の男が俺をみて会釈をする。ひょろっと背の高いその人は、これといってどうと言えるところが見つからないような男だが、優しいオーラが見て取れた。


「青葉の幸せが俺の幸せだから」「子供の側に居たくて離婚できなかった」

 全部俺の願いが叶っただけ。 


 青葉が、他の男と一緒にいるところを妄想や想像をしても心が乱れなかったのは、勝手に自分の中で青葉が一人でいるという前提を崩さなかったからだ。青葉と一緒になったらなんて夢を見て幸せな気持ちにもなっていた。それは、どこかで俺のことを好きだろうという慢心があったからかもしれない。知らないで居られたから、未来を想像できたんだ。ずっと知らないままが良かったのに。


 青葉が俺の前に偶然現れたのは、「いい加減に償え、目を覚ませ」と言われているようだった。


 それからの記憶はない。ふらふらとパチンコ屋のトイレの個室に引きこもる。涙も声も足もでない。耳がバカになるほどの爆音が救いだ。時々くせー臭いも漂ってくる。タバコもなくなった。買いに行かなくちゃ。でも、その一歩すら足も手も出ない。23時。閉店の時間になって、やっとトイレからでるしかなくなった。でも、歩くことが出来ず、縁石にまた腰を下ろす。閉店なんでと声をかけられ、コンビニまでいきタバコを大量に買って、またふらふらと歩きだした。


 家までたどり着いて、車に乗って近くの林の中に車を停めた。そこでやっと涙が溢れる。声も出せた。閉鎖された車内で暴れることができた。


 それはこれまで青葉が感じていた辛い感情だと思う。本当にごめん。こんな辛い感情に10年も付き合わせてごめん。どんなに謝っても許してもらおうなんて思っていない。


 ただ生きて、ただご飯をたべて、ただベッドで寝るいつもの“ただ”が残った。それがたまらなく怖かった。


 今世は、もう青葉との未来は諦めよう。来世で一生青葉と一緒にいる。幼馴染で出会って、男と女としてずっと一緒にいたい。それで地球を卒業するんだ。


 そのためには、今世のカルマを解消しなくちゃいけない。まだ何かはわからないが、このカルマを来世に持ち越したら、また同じことが繰り返される。また青葉を傷つけるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。


 青葉は俺に、真実の愛を教えてくれた人。真実の愛で愛させてくれた人。失うことも含めて、それも学びだと教えてくれた人。離れる事が、最後の学びだった。


 愛に善悪は存在しない。


 今世は、お前が青葉を幸せにしてくれ。来世は俺が幸せにするから。


 心に太い芯が入る。青葉との別れは、俺の本当の人生がスタートしたゴングだった。


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