義妹の引き立て役はもう終わりにします
水空 葵
1. 地獄のような日々
私の一日は、明け方前から始まる。
まだ外は真っ暗。ここザーベッシュ伯爵家の侍従でさえ起きていない時間だ。
丸一日何も口にしていないから、お腹も喉も悲鳴を上げているけれど、義両親や義妹の許可が無いと水さえ飲むことが許されない。
朝だけは気付かれないから、水魔法で喉を潤しているけれど、これだけで一日耐えるのは慣れても辛かった。
私に与えられている唯一の服――擦り切れてボロボロになった古着も、今の肌寒い季節を過ごすには辛い。
だから、隙間風がひどい物置を出て、家が裕福だったころに建てられた無駄に立派な屋敷の掃除を始める。
お屋敷の中は暖房のおかげで暖かく、この薄着でも快適だ。
もっとも、これだけ広いから、お昼前になっても掃除は半分も終わらなかった。
夕方までには終わらせないと鞭で打たれる。それが嫌で必死に床を拭いていると、誰かに手を踏みつけられた。
「アイリス、まだ半分も終わっていないの!? 相変わらず無能ね!
それに、赤い髪も赤い瞳も……血みたいで気持ち悪いのよ」
声の主──義妹のジュリアは嘲笑うように私を見下していた。
私の髪と瞳は明るい色をしているから、血の色とは全然違うのに……。
ジュリアは暗いめの金髪に紫の瞳。髪はサラサラで、目はパッチリとしていて可愛らしいと思う。
性格がこんなのだから台無しだけれど、髪はボロボロ肌はガサガサで痣だらけの私に勝ち目はない。
ちなみに、彼女はお母様が亡くなった十年前に、お父様の後妻の子として迎え入れられた。
けれど、お父様が病死した八年前、お義母様が後夫を迎え入れたその日から、立場が逆転してしまった。
ジュリアが聖女の素質──強力な治癒魔法の力を持っていることが分かったのだ。
私は聖女の義姉として尽くすように命じられ、気が付けば使用人からも見下されるようになった。
今では、義両親やジュリアの〝お願い〟を聞き入れないと、罰と称した暴力を受ける羽目になる。
義両親にとっての私は、ただの邪魔者。一方のジュリアは、可愛い愛娘なのだ。
この家でザーベッシュ伯爵家の血を継いでいるのは、私だけなのに……。
でも、これ以上痛い思いはしたくない。だから、ジュリアが満足するように、額が床に触れるまで深々と頭を下げる。
「申し訳ありません……」
「今回は許してあげる」
今日はジュリアの機嫌が良い日だったらしい。
昨日は、ここから髪を引っ張られたりしたのに、今日は何もされなかった。
けれども、運悪くお義母様が私のところを通りかかる。
「お前の代わりはいくらでもいるのよ? 分かったら早く手を動かしなさい!」
彼女は機嫌が悪いようで、返事をする間もなく蹴飛ばされた。
ふくよかな身体から出される力は凄まじく、痩せている私が抵抗することはかなわない。
「どうして、こんなのが残っているのかしら。さっさと消えればいいのに」
「本当に不思議だわ。きっと私達の財産狙いなのよ。早く居なくなってほしいわ」
ジュリア達は好き放題言っているけれど、私が残っているのはそんな理由ではない。
お義母様とお義父様に「アイリスが居ないと私達は死んでしまう。殺すつもりなら家を出ても構わないが、一生人殺しとして生きることになる」と脅されているのだ。
でも、お義母様から「居なくなってほしいわ」と言われたから、もう残る理由はない。
こんな状況になる前に私に良くしてくれていた使用人はもう居ないし、実の両親との思い出も、この建物以外には残っていないのだから。
「――もういいわ。廊下よりも先に、私の部屋を掃除しなさい。
わたくしは新しいドレスを仕立てに行ってくるわぁ」
「私もそろそろ新しいドレスが欲しいわ。ついて行ってもいい?」
「もちろんよ。世界一可愛いドレスを作りましょう」
そう言われ、お義母様とお義父様が何年も前に放った「財政が厳しいから使用人の代わりをしなさい」 、「財政が厳しいから着飾ることは我慢しなさい」という言葉が脳裏を過る。
今も財政は厳しいと言われているのに、お義母様やジュリアが着飾るためのお金はあるらしい。お店に行く方が安いのに、今日も仕立て屋さんを呼びつけているはずだ。
一昨日もドレスを仕立てたばかりだというのに……。
分かっていたことだけれど、彼女たちは私を虐めることを楽しんでいるだけ。そんな気がしてきた。
我慢して従順になれば少しは生活が良くなると思っていたけれど、その考えは間違っていたらしい。
この家を出ることはもう決めている。平民として暮らしていけるかは心配だけれど、町を行き交う人々を見れば、今よりずっと幸せになれる気がする。
だから、今夜のうちに家を出ることに決めた。
義妹の引き立て役はもう終わりにして、明日からは自由になるわ……!
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