Day 62 紫宝隠れのアブイラ
心街アブイラ、ここは落ち着いていて小さな街だ。
中央には大きな塔があり、その先端には輝く鐘が吊られている。
どうにもこの街には不釣り合いで立派な塔だな。
「随分と立派な塔だな」
「さてと、とにかく宿をとりましょう」
街で宿を取る事にしたが。
部屋が一部屋しかないのだと言われた、しかし俺達以外の客の姿は見えないし、案内をしているコイツは何でこんなにも不自然に笑っているんだ。
「他の客の姿も気配も無いけれど」
「ここでは男性と女性は一部屋で泊まる決まりなんですよ。そちらは男性一人と女性二人、決まりに従うと三人で一部屋の決まりなのです」
「私はいいけれど……あ、いやよくない!」
母さんが俺と漣さんを交互に見ている。
その目は何だ、何も無いのは分かってるだろうに、何故そこまで心配するんだ?
「私も別にいいわよ、この男が襲ってくるとは思えないし、もし仮に変な事したらボコボコに出来るぐらい弱そうだから」
酷い言われようだが事実なので何も言えない。
反論する材料が無いからだ。
こうして宿を取ったが、母さんは『調べ物があるから少しだけ離れるけど、ヨシテルに変な事するなよ?』と言って何処かに行ってしまった。
「最近母さん一人で動く事多いな」
「前々から疑問だったんだけど、何で双凜さんはメイド服を着ているの? マザコンのアンタの趣味?」
「俺に母親をメイドにする趣味があると思うか?」
「思わなかったら聞いてないって思わない?」
コイツ……段々分かってきたぞ、結構いい性格してるな。
敬語使うの馬鹿らしいな、辞めよう。
「それよりさ、聞きたいんだけど天草さんって知ってる?」
「いきなり言葉遣い変わったわね、いいけど。そして質問の答えはNOよ、アンタ達の敵なのよね?」
「恐らく、だけどな」
ヴィクトリアさんとも敵対する可能性があると告げると、漣は少しだけ考える様子を見せた。
……やはり気の所為じゃない、彼女からは何か特別な感じがする。
上手く言葉には出来ないけれど、ヴィクトリアさんから感じる物と同じなのに、それより強いような物だ。
「場合によるわね。双凜さんの話だとファスタロッテを殺す為にあの人はファスタニアに向かってる、私もアイツを殺したいから別にいいわ。そしてヴィクトリアが敵対するって事はファスタロッテを守ろうとしているんでしょ?」
「そう言ってたな」
「守ろうするならあの子も殺す、違うなら殺したくないわ」
かつての仲間のはずなのに、漣はハッキリと殺すと言った。
彼女の目はハッキリとしていて、そこからは決心のような覚悟の光が見えている。
その光は俺を吸い寄せるような、魅力的な光で。
「ちょっと近い!」
「あ、ごめん……」
「ったく」
何故だ、何故こんなにもこの人が気になるんだろうか。
「漣……」
「見つめないでよ……殴りたくなるから」
漣は少しストレッチをした後、私も街を見てくると言い出した。
一人でいるのも暇だし、もう少し漣と話したくて『俺もついてくよ』と言って彼女と共に宿を出た。
「アンタの目が時々怖いんだけど、本当に性欲無いのよね?」
「無いっての、信じろ」
「信じてたら聞かないって何回言わせる訳?」
「だから信じろって言ってんの!」
「信じられるような態度を見せなさいよ態度を!」
こんなやり取りをしていると、普通はストレスが貯まる物なんだが、不思議とそれが無い、むしろ楽しいんだ。
「あの二人……仲いいんだな」
「喧嘩するほどってやつね、羨ましいわ〜」
漣と話をしていると、周囲に人が集まってきた。
俺と漣を見て思い思いの事を口にしているが、そのどれもが俺達は仲がいいって物ばかりだ。
「ちょっと離れてくれないかしら?」
漣が睨むと『熱いねぇ』と言いながら人々は去っていた。
「お兄ちゃんこれあげる! お兄ちゃん達なら絶対優勝できるから頑張ってね!」
その去り際、一人の女の子が渡してくれたのは長方形の銀色に輝く封筒で、その表には。
『ベストカップル決定戦!』と書かれている。
「ベスト」「カップル?」
漣と顔を見合わせて、少し笑ってしまった。
その後は街を一周したが、妙な点が少し見つかった。
一人で出歩いている人が居ないんだ、子供を連れた家族かカップルしか街を歩いていない。
「アレ双凜さんじゃない?」
そんな中、一人で歩いていた母さんはかなり目立っていて、街の人に囲まれていた。
だが様子がおかしい、俺と漣を囲んでいた人もいるようだが、さっきみたいな笑顔じゃない。
もっとこう、醜悪な物を見るような、軽蔑するような顔で母さんを見ている。
「一人か」
「一人だわ」
「一人だ」
「一人ね」
「一人なんて」
「一人だと」
「一人?」
「一人」
全員が母さんを指差して、一人だ一人だと騒いでいる。
何があったんだ。
「あー、私は機械人形だから一人で当然なの。これは身分証ね」
母さんはナナシムの身分証を取り出して、それを掲げて見せる。
「機械人形様か」
「それなら納得だ」
「これは失礼しました」
すると人々はさっきまでの態度が嘘だったかのように態度を改め、頭を下げて散り散りになっていく。
「母さん」
「双凜さん」
「あー、それ受け取っちゃったの?」
俺が握っていた銀色の封筒を指差して、母さんは『やるしか無いけど……ムユリが見てないといいな』
そうつぶやいて肩を落とした。
「本来なら私と息子で出るつもりだったけど……ヨシテルのクローンといる間に受け取っちゃったのね。外出には注意するように言わなかった私が悪いけど……ハァ」
母さんは俺と漣の二人に、とんでもない試練を課した。
「二人共、カップルになりなさい」
宿に戻ってから、封筒を開けて中を見る。
母さんと漣は少し揉めているようだが、それは後だ。
『この招待状を受け取った幸運な二人へ』
その一文から始まる文章をざっくりとまとめると、招待状を受け取った二人組は夜23時に塔の前に集合せよ。
そこで自分達こそが最高のカップルであると証明し、景品を受け取るのだ。
と、まぁそんなもんだが。
「何で私がコイツとカップルなんですか!」
「ほらその、私は機械人形だってバレちゃったし、やっぱりよく考えたら親子でカップルは……その、ねぇ?」
「あの、双凜さんの息子に対してこんな事言いたくありませんけど……チラチラ見てきたり、ちょっと気を抜けばビックリするぐらい近くにいたり、身の危険が危なくてデンジャーです」
自分でも不思議なんだ。
漣を見ていると、近くに居たいと思ってしまう。
近くにいると、漣を守りたいと思ってしまうし、それと同時に俺の物にしたいって考えが頭痛と共にやってくる。
「俺が何で漣に対してこんな行動をしてしまうのか、母さんは何も知らないのか?」
「知ってるけど、逆なのよ」
逆?
逆って、どういう事?
「ヨシテルのクローンは私の夫、ドウセツに惚れててね。まぁ私がドウセツに選ばれた訳なんだけどね、ほら私って美人だし」
「生身の母さんを見たことないから分からん」
「結構美人だったわよ? ただこんなに柔らかい雰囲気じゃなかったわ」
母さんが咳払いをして漣に『黙りなさい』と言い、話を続けた。
「だからヨシテルのクローンが私の息子を好きになってアピールをしたり誘惑するのかなって思ってたけど、そうじゃなかった。むしろ私の息子がヨシテルのクローンに惚れているような行動をしている。逆じゃない? ヨシテルのクローンならヨシテルと同じように、ドウセツの子を好きになりそうな物だけど、私の息子だけが惚れてるのはおかしいのよ」
「そんな真面目な顔で私がおかしいみたいに言わないで下さいよ」
好き、惚れてる。
あー、そうか、そうだったのか。
この頭痛がして、気持ち悪くて、側にいたい、守りたい、俺の物にしたい。
そんな風に思うこの感情が、好きってやつか。
勘弁してくれ。
バカみたいに頭が痛い。
冗談じゃないぞ、こんな痛みとずっと一緒?
ムリ、ムリムリムリ!
絶対ムリ!
「母さん、この感情はどうやって消すんだ。頭が痛くてたまらないんだけど」
「恐らく解除してない感情だから痛いんでしょうね、まぁ恋の痛みは頭痛の比じゃないからまだマシだと思っときなさい」
こ、これ以上の痛みだと?
無理だ、こんなの耐えられないぞ。
「漣は痛くないのか?」
「アンタね、それは『僕の事好き?』って言ってるような物なんだけど分かってる?」
「息子よ、黙りなさい」
母さんに頭を殴られた。
結構暴力的だと最近分かってきたが、文句を言えばさらにボコボコにされるので文句を言えない。
「とにかく、二人は完璧なカップルを演じるの。そして、街の人に認められて紫宝を手に入れなきゃいけないの」
「紫宝?」
「そんなの奪えばいいじゃありませんか、私と双凜さんがいれば何とかなりそうですけど」
母さんは街の地図、特に塔の内部について細かく記された物を広げた。
塔の地下、かなり下に星のマークがあって、母さんはそこを指差した。
「少しでも奪おうとするのがバレたら焼却される仕組みになってんのよね、流石にここまで一瞬で入り込んで奪うのは無理よ」
かなり深いな。
地下十階までバレずに進むのは不可能だと俺でもわかる。
「奪うのが無理ってのはわかりました、それで、その宝って?」
「ウェディングドレスよ、紫色の特別なウェディングがあるの」
ウェディングドレス……。
ウェディングドレス!?
「ムユリに着せるウェディングドレスを手に入れる約束なのよ」
「別の女とカップルになってウェディングドレスを手に入れて自分の妻に渡す。素晴らしいわね、クロ」
「仕方ないだろ! こうでもしないとムユリが怒るって言うんだから……」
漣はムユリを力で黙らせるのはどうかと提案したが、母さんがそれに対して。
『息子の妻、つまり私の義理の娘にそんな事できない』
と、反対したのでそれは無しになった。
もうすぐ指定の時間だが誰も居ないし、来る気配もない。
漣と二人、ベンチに座って待っているだけだ。
「あったま痛い……」
「薬でも……あ、そっちか」
「ああ、漣の事考えてると」「口を閉じるか口を真っ二つに広げられるか好きな方を選びなさい」
ダメだ、こんな所で二人きりでは頭痛が酷すぎる。
隣にいる漣を意識しないなんて不可能だし、離れていても目が彼女を追ってしまう。
「ハァ、とにかく別の話でもしましょ。アンタの気がまぎれるような話……そうね、ヴィクトリアの話でもしてあげる」
「ヴィクトリアさんの!?」
「食いつき良すぎてキモ……じゃなかった、気味悪いわね」
「本音を隠せよ」
それから、ヴィクトリアさんの話を聞いた。
特にシリーズ:ヴィクトリアの半分が捕まり、目を奪われた話は、知ってはいたがその現場を見ていた漣と、想像しているだけの俺ではまったく惨状が違いすぎて言葉を失った。
「眼球をくり抜いてスカートを作る機械人形がいたのよ。3ヴィクトリアの306は片目を奪われた後、百人のヴィクトリアを連れて戻ってきたの。彼女の後ろにいたヴィクトリア全員眼球が無くて」
「もういい」
「……そう、でも結論は聞いておきなさい。その機械人形は私が倒したわ、いえ、私達……かしらね。ちゃんと仇は取ったから、そこは安心して」
「ヴィクトリアさんって、そんな酷い経験を」
「この程度で酷いなんて言わないで」
漣は空を見上げて、ポツリポツリと話し始めた。
「私達クローンってね、食べられるのよ」
「……どういう事だ」
「食用人間なのよ、美味しくはないらしいけどね。……後ろの味方だと思ってた人間からは食糧として狙われて、前の機械人形からは殺される。だから進むしか無かったの、進んで、戦って死ぬか人に殺されるかだったの」
言葉が出ない。
人がクローンを人扱いしていなかったのは知っていたが、ここまでなんて思わなかった。
いや、こんなの思えないだろ、考えられない。
「私達をこんな目に合わせたのはファスタロッテよ。アイツが私達を作らなければこんな思いしなくて済んだ……だから、アイツは殺すわ。双凜さんと二人なら、きっと殺せる」
空に手を伸ばす漣はとても悲しそうで、見ていられなかった。
それと同時に、力になりたいと思った。
「漣、俺頑張るよ」
「近い、離れて」
彼女の手を握り、俺は決心を口にする。
「俺がお前を守るし、お前の復讐の手伝いもする」
「……ハァ、あっそ、勝手にしなさい。ちっとも期待してないから嫌になったら止めていいわよ? 双凜さんがいればいいんだもの」
漣に手を振りほどかれ、そのまま彼女は立って笑っている。
「でも、それでも私を守りたいならちゃんと付いてきなさい。そしていつか、背中を守れる男になってみなさいよ」
夜空のどの星の輝きよりも、漣の笑顔は輝いていた。
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