第2章 手間賃
職業柄、死を選ぼうとした中村が許せないのかもしれない。
主治医は中村に冷淡であった。
中村の下半身が不随との告知に、ためらいも同情もにじませなかった。
妻の死を告げた時、僅かに侮蔑に似た怒りを滲ませた医師は、まだ若い。
中村は足を失い、妻を喪った事実だけを受け取った。
感情は北新宿の空に据えたまま、心はまるで機能していなかった。
中庭を臨む病院の廊下―中村はここで時を経過させることが多かった。
窓からの照り込む陽が足を焦がす。やはり痛みを感じないのだなと、ただ思った。
「やぁ、中村さん」
首元をハンカチでぬぐいながら、男はしゃがれた声で言った。
男は病院に似つかわしくない風態で、でかいフルーツのバスケットをぶら下げていた。
男は日盛りを避け、中村の近くのベンチに腰を下ろした。
「病室に行こうと思ったがね、ここのほうがいいね。果物も、まぁもっていけるだろう」
「わざわざすみません・・・」
長年、夫婦を苦しめてきた借金取りは、「いやいや」とかぶりを振った。
「こんな場で言うのは何だが、この度はご愁傷様でした」
男は座ったまま、深々と首を垂れた。
自分が追い詰めた引け目があったかどうかは知らないが、借金取りの悔やみの言葉に軽さはない。
「それから・・・」
言うと、借金取りは胸元から封筒を取り出し、中村の膝の上に置いた。
「これは?」
「見舞金じゃねぇよ。手間賃さ」
借金取りの声音にはかつての威圧感が戻った。
閉じきらぬ封筒から、確かに札束が見えた。
「そりゃ困惑もするよな」
男はベンチから離れ、車いすの横にしゃがんだ。
ドスの効いた通らぬ小声を押し出した。
「簡単に言うぞ。質問はなしだ。俺たちは奥さんに保険金をかけていた。やり方は企業秘密だがね。で、一番面倒なところを、あんた達が勝手にやってくれたってわけだ。だからその手間賃だ」
借金取りは本当に端的にそれだけ言うと、「よいしょ」と立ち上がった。
中村は怯えるように、再び、妻の命の代金を見た。
「中村さんよ、これで俺たちは縁切りだ」
借金取りは、勝手に車椅子の舵を切ると、むせ返るような中庭の方に向けた。
「いいかい、お前さんに二度と金は貸さねぇよ。これから車椅子のあんたにゃ、返済能力はねぇからな。二度と俺たちに関わるなよ」
借金取りは、二度三度、中村の肩を叩いて立ち去った。
金貸しらしい激励は、中村には届かなかった。
感覚を失った足に置かれた妻の命を、抱えるように崩れて、泣いた。
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