第2話
扉を開けたら手足のない少女が転がっていた。
そこだけ切り取ればスプラッターホラー顔負けの状況。しかし、リュックから義肢をぶら下げた身なりのオサムもどっこいどっこいだ。
「あの……」
一瞬人形かとも考えた。
しかし、実の人間である可能性も捨てきれない以上、とりあえず声を掛けざるを得ない。
応答は──なかった。
それでも最終確認の為、オサムは恐る恐る倒れた少女に歩み寄り、首筋に指を添えた。脈を図る為だ。
──トクン……トクン……。
「……生きてる」
驚くことに少女は生きていた。
この指先に伝わる脈動が自分の恐怖が生み出した都合のいい幻覚でない限りは、だが。
オサムの理性を司る部分が『見捨てろ』と叫んでいる。
しかし、人形や死体でない以上、見捨てる選択肢はありえなかった。冷静に考えれば、己が助かるかも分からない状況の中、手足のない人間を助けるなんて合理的でない判断だ。
それでも彼は、しない。
理由は色々だ。
打算的な理由と感情的な理由が1:1──否、1:9程度格差があった。
いい加減一人寂しい暗中模索に辟易したことが一つ。
謎の世界で出会った貴重な情報源であることが一つ。
そもそもの話、倒れた人間は見捨てられない。オサムは道徳や正義感よりも、それが一般人の常識的な感性の話であると信じたくて助けようと考えた。
「んっ……」
「!」
そんな彼の願いが通じたのか、不意に少女から呻き声が漏れる。
すかさずオサムは膝を突き、出来る限り少女に近づいた。
「大丈夫ですか!?」
「……み」
「み?」
「……水……」
オサムは頭を抱えた。
この世紀末覇者のような台詞を吐いた少女を前に、必死にかき集めた飲み水を分け与えることはなんら問題ない。
ただし、賞味期限が2400年なのだ。
もう一度言おう。
賞味期限が2400年なのだ。
「すみません。今何年ですか?」
「? ……二千……三百……」
「どうぞ」
即座に開封の儀を執り行う。
感想としては、どうやら300年経ってもペットボトルの開け心地は大差ないのだなぁ、というものだった。
そうして開封したペットボトルの飲み口を少女の口に添え──ようとしたものの、床に倒れたままでは、顔に水をぶちまけてしまうのが関の山だ。
「あのっ、起こします」
「ん……」
一言断りを入れたオサムは、少女の背中に手を回して上体を起こす。
そして、ようやく少女の口に飲み口を添えた。
「んくっ……んくっ……」
コクコクと喉を鳴らし、懸命に水を飲む少女。
時々口の端から水が零れる。しかし、余程喉が渇いていたのだろう。少女は構わずペットボトル内の水面を激しく波打たせる。
(……それにしても)
可愛らしい顔だ。
そう不謹慎な感想を抱いた瞬間、オサムは自己嫌悪に陥る。
だが、そんな彼の感想も間違いではなかった。
まず目につくのはウェディングベールと見紛う白銀のショートカット。右目だけ隠れる程度に前髪を伸ばし、左半分は耳にかけて後ろに流している。
それだけでも日本人からすれば十分特徴的だが、何よりも目鼻立ちがはっきりとした顔立ちは、記憶の中にあるアイドルや女優よりずっと整っていた。
総評すると、まるで人形のように精巧な美形。
肌こそやや薄汚れているが、彼女がペットボトルを飲み干したのを見計らって口を拭けば、シミ一つない白磁の肌が覗いた。
「ふぅ……ありが、とう……」
「い、いえ! どういたしまして……あっ、それでなんですけど」
「……ごめん。少し……休ませ……」
「ッスゥー」
オサムは応答と深呼吸を兼ねた、睡眠を阻害しない程度の音量を口から奏でた。
脱水で死にかけていた少女の眠りを妨げる訳にはいかない。
山ほどある聞きたい疑問を飲み込んで、オサムは手足のない少女に膝枕をし始めた。硬い床や色々詰め込んだリュックよりは、男の膝枕でも大分マシだった。
「……」
間もなく少女が寝息を立て始める。
その間、オサムは彼女の手足をジッと見つめていた。
(やっぱり……ないよな?)
見たいようで見たくない。
オサムは少女の手足──その断面を見るか否かで葛藤していた。
(怪我なら手当てが必要だよな? 止血とか消毒とか……でも、手足なくなった人の治療なんて習ってないし)
そもそも教える学校もない。医大に行けという話で済む。
(ぬぐぐぐぐっ……!)
葛藤すること三十秒。
己が悲嘆に明け暮れる為に時間はいくらでも費やせるが、他人の怪我はそういかない。心臓や呼吸が止まった時も一分一秒を争うというではないか。ならば治療は早いことに越したことはない。
南無三! と、少女が着ていたオーバーサイズなジャンパーの袖を捲り上げる。その際、フワッと鼻腔に香る化学繊維が焼けたような嫌な臭いに、自然と顔は引き攣っていく。
最悪の光景が脳裏を過る。
それでも瞼を開けた時、彼が目にしたものは──。
「……あれ?」
結論から言えば、そこには凄惨な傷なんてものはなかった。
ただし、代わりに見えた謎の窪みにひどく困惑する。肉や骨の覗く断面ではない。機械の接続部のような、何かがハマりそうな無機質な凹凸だった。
(……この子、ロボットなのか?)
いわゆるアンドロイドという奴だ。
しかし、そうなると最初の脈拍がつかない。それこそ彼女が水を原動力にし、脈拍をも再現したスーパーハイテクアンドロイドでもない限りは。
(じゃあ、元々義肢だったのか……?)
今度は逆の手を。
その次は焼け焦げたズボンの裾を捲る。やはりそこには肉の断面などはなく、同様の接続部が覗くばかりであった。
「な~んだ……」
怪我で手足を失った訳ではない。
それだけ理解できたところで、オサムはようやく一息吐いた。少なくとも今処置せねば死ぬような傷がないと分かっただけでも安堵できるというものだ。
それから数十分。
相も変わらず少女はスヤスヤと穏やかな寝息を立てているが、打って変わってオサムの顔面は非常に見苦しいものと化していた。
「し、失礼……!」
そっと少女の頭を膝から退かす。
痺れた足とそっと頭の下から引きずり出し、横へ伸ばす。要は横座りだ。
そうして足を圧迫から解放した彼は、しばし感度が上昇した両脚にアヒアヒ小さく喘いでいるのだった。
しかし、こうなると少女の後頭部が心配だ。
まだ痺れが残る足を引き摺り、背中のリュックを手に取る。中に入っている硬そうなものを取り出せば、ないよりはマシの枕くらいにはできるだろう。
そうして荷物を漁る最中、彼は見つけた。
「あ」
それは右と左が揃った義手。
驚かせられた腹いせに持ち歩いてきた、拾った木の棒程度の価値しかない代物だった──今、この瞬間までは。
もしやと思い、義手の断面を覗き見る。
断面には予想通り接続部のようなものがある。それと少女の手足の断面を見比べれば……似ている。
(くっ付きそうだな……)
断面と断面を近づけ、より近くで見比べる。
義手の規格など分かったものではないが、プラグとコンセントを見比べて『入りそうだな』と思う程度には、挿入できそうなコネクタの位置がピッタリだった。
と、見比べていたその時。
──ガシャン!
「あっ!?」
咄嗟に出てしまった声に、オサムは口を覆った。
少女は──起きていない。
しかし、先程見比べていた義手と接続部は磁力に引っ張られるようにしてくっ付いてしまった。直後、接続部よりフィィインと甲高い排気音が吐き出されたと思えば、数秒後には完全に接続されたと思しき音が鳴り響いた。
(マジでくっ付いた……)
未来の義手はハイテクなんだなぁ、と。
半ば現実逃避染みた思考の下、オサムはもう一方の腕にも義手を近づける。そちらの方も同様だ。スムーズに接続は完了し、少女は
(……何があったらこんなことに)
痛くなる頭を抱えながら、少女の頭の下にリュックを差し込む。
立ち上がるオサムは懐中電灯を片手に当たりを見渡す。そこは今まで通ってきた通路とは違い、斜め上方向へと昇っていくような上り坂だった。
(もしかして……上に繋がってる!?)
今日に至るまで、歩んできたのは登りも下りもない平坦な道程だった。
窓から差し込む日差しなんてものはない。そろそろ太陽の光が恋しくなってきた。
自然と早まる足取りで上り坂を進んでいけば、これまでに見たことのない巨大な扉が目の前に現れる。
「やっと……!」
迷わず壁にあったスイッチを押し、扉を開く。
扉は重厚な音を奏でながら、しかし、たしかにオサムが見る世界を広げていった。
「外に──ん?」
差し込む光に目を細めていれば、足に何かが触れた。
反射的に視線を落とせば、人の背丈ほどもありそうなイカつい長身の銃が足元に転がっている。
だが、真の問題はそこではない。
『オォン──』
差し込む光を遮る巨影があった。
久しく暗闇にしか触れていなかった瞳では捉えきれない。しかし、次第に光に順応し始めた頃、ようやくオサムは目にすることができた。
「わあ」
──ドラゴンだ。
全身に石膏のような白い鎧を身に着けた、サイボーグのような風貌のドラゴン。
二トントラックよりも巨大な飛翔物体は、唸るような重低音を響かせながら、不可思議な配置の多眼をギロリと差し向けた。
──キュゥンッ
次の瞬間、ドラゴンの頭部から光が迸った。
オサムから少し横の地面を焼く光──否、熱線だ。それはすでに荒れ果てた巨大なビルを縦に一閃。ボロボロだった窓ガラスを熱線の余波で全て破砕するに至った。
「ハハッ」
オサムは笑うしかない。
最早涙も出てこなかった。
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