アイ'ズ

柴猫侍

第1話




 一目惚れを、した。




 生まれて初めてだった。

 眠り姫のように頑なに開かれなかった瞼。その奥より現れたるは、夜と朝の狭間に瞬く色彩の如く鮮烈な三原色だった。


 情熱的な赤と静謐な青。

 そして、黄金の輝きを放つ虹彩に刻まれるは平和の象徴ピースマーク


 もう一度言おう。

 一目惚れをした。


 ここは荒廃とした街だった。

 まるで生気を感じられない。


 ここは閑散とした街だった。

 まるで人気を感じられない。


 敵は無機質な竜の化け物だ。

 殺気ばかりが突き付けられる。


 そんな世界で目を覚ました謎の少女。

 白銀の髪を熱風で揺らし、その体躯に似合わぬ長身の銃を構える彼女の腕は、対峙する竜の化け物同様に機械的な構造を覗かせていた。


 やがて、銃口より鮮烈な光が迸る。

 網膜を焼き尽くさんばかりの閃光に、視界は真っ白に染まった。


(……え、俺死んだ?)


 余りに現実離れした光景。そして、状況に一瞬夢かと疑う。

 だが、どうやら夢ではないらしい。

 直後、熱風と衝撃、それに伴う苦痛が押し寄せる。


 熱いし、痛いし、辛い。

 苦痛の三種セットを全身で召し上がれと言わんばかりに、少女の放った熱線の余波は今なお襲い掛かる。


(……あ、走馬灯)


 真っ白に染まった視界に、今日まで歩んだ日々が飛び飛びの映像になって蘇ってくる。

 時は、数日前まで遡る──。




 ***




 転生と転移の定義について考えたい。

 文字通り受け取るのであれば、転生は生まれ変わり、転移は違う場所に移動することを指すだろう。


 であれば、姿が元のまま見知らぬ場所に居たら、それは転移と判断するべきではなかろうか?


「たすけて~」


 ……というのも、目が覚めたら知らない場所に居たからだ。いや、そもそも何も見えない暗闇に閉じ込められていた。

 たまに見る変な夢だろうか?

 そんな現実逃避をすること小一時間。いよいよ現実を受け止めざるを得なくなり発狂寸前となった俺は暴れ回った。イヤイヤ期の三歳児の如く暴れ狂った。


 すると、足が何か触れた拍子に体が頭上へ押し出される。

 スィー、と。まるで築地のマグロよろしくスライドしていった先は、やっぱり暗闇──しかし、ほんのり常夜灯のような光が灯った部屋であった。


 恐る恐る起き上がり、辺りを見渡す。

 暗がりに慣れた目は、壁一面を埋め尽くす謎の棚を見つけてしまった。まるでドラマに出てくるような遺体安置棚だ。というか、遺体安置棚そのものっぽい。


「俺死んでた?」


 いいや、違う。

 だって俺は生きている。

 足だってあるし、ついでに言えばさっき壁を蹴った時に素足だったせいでめちゃくちゃ痛かった。


 『そう言えば』と昔見た番組を思い出す。あれは生きていたのに死亡診断を食らった人間が居たという奴だ。きっと自分も何かの拍子に倒れ、そのまま死亡診断を食らったに違いない。


「アハハ! アハハハハ! アッハッハー!」


 なんてことはないじゃないか。

 恐怖を打ち消すように狂人染みた高笑いして、試しに遺体安置棚を一つ引き出してみる。すると異様にリアルな人間の石膏像が出てきた。ビックリし過ぎた余り、俺は三十分ほど部屋の片隅で嗚咽を漏らした。ホラーゲームは大の苦手なのだ。


 このように意識がなくなる前の記憶は確かにあった。


「……俺の名前はカシラ オサム。歳は十七。近くの高校に通う男子高校生……」


 確認作業の為、その後もしばらく家族や同級生の名前を口に出した。次に好きな食べ物に飲み物。その次にはハマっていたゲームや漫画のタイトル。果てには来週末にあった友達と遊ぶ約束も──。


「……」


 しばし、呆然と立ち尽くす。

 よく磨かれた遺体安置棚は鏡面仕上げで、自分の顔が反射して見える。記憶通りの顔だ。今朝、顔を洗いに洗面所に行った時と同じく根暗そうだ。天然パーマのワカメ頭も、今日も今日とて湿気で強烈なウェーブを描いている。


「……お腹空いたなぁ……」


 そう言えば意識がなくなる前、最後に食べたのはカップ麺とコーラだった。

 もしかしたら最後の晩餐になるかもしれない食事だったことを思うと、ぞっとしない話だ。


 腹の虫がぐぅぐぅと泣き喚いたところで、俺はようやく部屋を出る決意を固めた。床から天井までびっしりと遺体安置棚である部屋にいつまでも居たくはない。


 体育館ぐらい広い空間に自分一人だけの足音を響かせること数分、意外と早く出口は見つけられた。

 神は俺を見捨ててはいない!

 素足であるせいで、いい加減足裏がキンキンに冷えていたところだ。付け加えて言えば人肌も恋しかった。誰でもいいから人に会いたい。


 そんな気分でオープン・ザ・ドア!

 そして眼前に広がっていたのは、非常灯らしき緑の光がポツポツと明滅している、冷たく無機質な金属製の通路であった。


 俺は泣いた。

 部屋と通路の敷居の上で二十分ほど泣いた。昔、父親と一緒に見たゾンビものの映画に、たしかこのような風景があった気がする。


「すみませ~ん……誰か居ませんか~?」


 しかし、二の足を踏んだところで始まらない。

 半べそを掻いたまま、決死の覚悟で通路を進む。暗くて足元もよく見えないので、ほとんど寄りかかるような壁伝いの歩行だ。


 断言する。

 もし、この時急に何者かが現れれば、俺は間違いなく漏らしていた。嗚咽ではない。いや、当然は嗚咽も漏らすだろうが、もっと人として失っちゃいけない尊厳的なものの話だ。尊厳とは人の下半身から漏れ出るのである。


 だが、結局俺は誰にも出会わず通路の最奥へと辿り着いた。

 なんだか近未来な扉……というより、隔壁を通路横のボタンで開けば、今度もまた延々と長く続く通路が目の前に広がっていた。勿論暗かった。


 俺は泣いた。

 壁に手を突き十分ほど泣いた。そろそろ涙は出なくなり始めていた。


 いよいよ飢餓に伴う危機感を覚え始めた頃だったが、幸運だったことにそこはカプセルホテルのような居住空間だった。

 ここも非常灯しか光源はないが、少し荒れているベッドや散らかった私物を見るに、誰かが居た形跡は残っている。


 何より、食料を見つけた!


 内容はパウチ詰めにされたラーメンだ。いつぞやテレビで目にした宇宙食によく似ている外観である。

 ここまで一人心細く暗中模索(物理)をしていた俺にとって、それは砂漠で見つけたオアシスに匹敵するものだ。


 しかし、ここで問題発生。


「賞味期限……2400年……?」


 そもそもの話、今は何年なのだろう。

 普通のカップ麺なら賞味期限は1年、缶詰だって10年を超えたら食べられるか怪しい。


 だってのに、暗がりの中で見つけた賞味期限の数字は2400年。100年もののワインもビックリの数字だ。天使が分け前を徴収しに来たら、全部根こそぎ持ってかれるどころか、ケツの毛まで毟られそうな年月が俺の中で経っている。


 俺は、手に入れたラーメンをそっと手放──そうかと思ったけど、見つけたリュックに詰め込んでおいた。もう賞味期限がどうこう言っていられる状況じゃない。


「ここ、どこなんだよ~……」


 その後も使えそうな道具を手あたり次第リュックに詰め込んだ。

 懐中電灯に時計、やけに装飾が凝っているナイフ等々。あとはこれまた賞味期限が怪しいペットボトル飲料やお菓子も見つけた為、ありがたく頂戴しておく。一応全て未開封だ。

 ただ、部屋の奥のロッカーを開けた時に奥からゴロゴロ手足が転がり落ちてきた時は泣いた。今度は五分程度に留めた。


 けれども、よくよく見てみればそれらも義肢っぽい張りぼてであった。ざけんな。

 ビビらされた腹いせに右腕と左腕、一本ずつ頂戴する。何かあった時、三節棍っぽく使えそうというのが理由だ。


 かくして、リュックから義手が飛び出た猟奇殺人者が完成した。この姿を警察に見られたら弁明できない。


 それからも俺は歩き続けた。

 歩いている間、ついぞ日光を見ることはなかった。手に入れた時計だけが過ぎた時間を教えてくれる。


 探索に費やした時間は三日ほど。その間、分かったことはいくつかあった。


 一つ目、俺以外の人間にまったく遭遇しないこと。

 二つ目、部屋の広さが百メートル×百メートル程度であること。

 三つ目、部屋それぞれに何らかの施設が詰め込まれていること。


 特に三つ目が重要だ。

 三日間の間、見かけただけでも水耕栽培で野菜を栽培している部屋や、保存食を詰め込んだ箱を積み上げた部屋があった。

 その他にも、一見するとなんの施設か理解できない部屋が山ほど……部屋というか、区画と称すべき規則性が見て取れた。


 とにもかくにも、保存食を見つけた事実は大きい。

 俺は保存食をリュックに詰め込み、嬉々として次なる区画の扉を開いた。




 そして、扉の下に倒れる手足のない女の子を見つけた。




 俺は、涙を飲み込んだ。




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