妖精の森 / The Fairy Forest

ユルング

プロローグ

真の自由とは、窮屈も過酷もなく、決して外を覗き見ることのできない、そんなおりの中にしかないのかもしれない。


 かつて、文字通り世界を二分する一つの大戦があった。


 「精竜戦争せいりゅうせんそう


 巨大な力を持つ二つの種族、竜と妖精が世界の覇権はけんを賭けて争い、多くの生命が散った。妖精の綺麗に生えそろった羽根は狂爪によってむしり取られ、竜を完全たらしめる強靭なあごは爆発魔法によって粉々に破壊された。そんな日々が、ちょうど100年続いた。妖精王は多くの妖精王子と、さらに数多の妖精を生み出して竜を迎え撃った。王子は一匹の『眷属けんぞく』と呼ばれる強力な妖精を生み出し、敵の光鱗こうりんを王の眼に触れさせまいと懸命に前線を支えた。


 彼らの実力は目を見張るものがあった。


 火妖精の火力は竜の筋力に負けず劣らずであったし、水妖精の精神操作は竜の軍勢を同士討ちさせ崩壊させるのに大いに役立った。風妖精は戦場を縦横無尽じゅうおうむじんに駆け回り各地の戦況を伝え、土妖精は鉄壁と呼ぶにふさわしい城砦じょうさいを、1日にして作成・修復することができた。そして、彼らに恐怖という感情はなかった。


 だが......それだけだった。


 両種において、個としての力量には純然たる差があった。竜族のファイア・ブレスは1回で50の火妖精を耐性ごと燃やしつくし、軍師を失い残された烏合うごうの単純明快な思考法は精神操作に勝った。異様に発達した翼の羽ばたきは指数関数的な加速を実現して風を切り裂いたし、鉄壁の城砦が鉄をも穿つ大牙たいがを前にどのような運命を辿ったかなど言うまでもないことであった。

 

 妖精は敗北した。


 竜の軍勢と一匹の英雄が妖精王を見下ろして笑った。英雄が駆け、剛爪ごうそうが王の喉笛を切り裂く瞬間、彼は巨大な防御魔法を展開した。妖精王の天蓋てんがいと呼ばれるそれは、同心円状に同族以外を弾き飛ばし、大陸一つ分ほどもある箱庭を形作った。


「妖精の森」


 その中には数多の動植物が息づき、固有の生態系を形成している。妖精は街や娯楽施設、経済、宗教を発展させ、気ままに暮らしている。妖精王は日に10の妖精王子と1000の妖精を生み、森は繁栄の一途いっとを辿っている。既に萌芽ほうがした闇にも気づかずに。


 妖精王の天蓋は100年もの間、破られていない。


 

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