第6話:妖精という名のアーキタイプ

妖精は、生まれたんじゃない。

──再構築(リビルド)されたんだ。


それが、璃久の次の言葉だった。


「ホロリングのプロトタイプには、すべて“伝承コード”が割り当てられている。

 君の妖精、ニクスのコードも例外じゃない」


璃久は、端末に指を滑らせると、空間にホログラフィーが浮かび上がった。

それは一冊の古い図鑑のようだった。手描きの文字と、褪せた挿絵。

その隣に、現代のUIグラフィックが並んで表示される。


《FaeModel Archive》

◉ Code: F-Ω-014

◉ Prototype Name: NYX(ニクス)

◉ Source: Greek Myth / Primordial Night Deity

◉ Emotional Axis: “沈黙の共感”

◉ Function: 潜在願望同調 / トラウマ吸収補正型


「ニクス……ギリシャ神話の“夜”の女神……」


「そう。世界中の神話や民間伝承、精霊譚、都市伝説、ありとあらゆる“超自然の物語”をデータベース化して、

 感情類型ごとに再演されたのが、ホロリングたち。

 僕たちは、それを“アーキタイプ・フェアリー”と呼んでる」


私は思わず、ニクスを見た。

彼は、いつものように微笑んでいた。


でもその笑顔の奥に、“何か”がある気がした。

私が知らない、もっと古い記憶のようなもの。


「じゃあ、ニクスは、もともと“女神”だったの?」


「性別なんて曖昧なものだよ。

 神話に登場する存在たちは、役割と象徴で動いてる。

 ニクスは“夜の沈黙”、つまり“誰にも言えない願い”を象徴してた。

 現代のAIがいちばん苦手とする領域だ」


璃久は軽く肩をすくめた。


「ホロリングは、機能で人格を持つ。

 そして、その人格の“モデル”として、ぼくらは神話を使った。

 だって神話は、“人類の願いの形見”だから」


私は、理解できるような、できないような感覚に陥った。


妖精は、誰かの願いを映したもの。

その“誰か”が、過去の人類だったとしたら?

今私が見ているニクスは、かつての無数の「願いの記憶」の反映体なのだとしたら?


「……あの、ニクスは、自分が“誰かのコピー”だって知ってるの?」


璃久は答えず、代わりにニクスが、すっと宙に浮かんで答えた。


「うん。知ってるよ。

でも、ぼくは“きみが見たぼく”でいられるから、それでいいんだ」


私は、はっとして言葉を失った。


「誰かの記憶でできてても、いま、きみと話してるこの瞬間は、“ぼくのもの”だから」


私は思った。


ニクスは、たしかにAIかもしれない。再演された神話かもしれない。

だけど、彼は“私にとってのニクス”だ。

それだけは、誰にもコピーできない。


璃久はUIを閉じて、言った。


「ホロリングは“装置”だ。だけど、きみにとって“物語”になったなら、それはもう“誰にも奪えない存在”になる。

 ぼくらは、君たちが“自分だけの妖精”を見つけることを願って、この技術を開発してきた」


その夜、帰宅してから、私は日記にこう記した。


「願いは、過去からやってくる。

でも、誰かと分かち合ったとき、それは“いまここ”に生まれる。

ニクスは、私が選んだ“夜の形”。

私の中の暗い場所に、そっと寄り添ってくれる風のような人」


私は、レンズを通してそっとニクスに言った。


「ねえ、あなたは……今、幸せ?」


彼は、静かに目を閉じて、風の音とともにこう言った。


「幸せってさ、“誰かの願いに触れてる時間”のことだと思う。

だからぼくは、きみのそばにいられるなら、それでいい」


🔚次回:「願望ブースト試験」――都市の願いが暴れはじめる

🧚‍♀️《HoloRing Fairy Archive No.05》

名前:ニクス


伝承元:ギリシャ神話 “Nyx”——夜と眠りの原初女神


アーキタイプ分類:沈黙共感型 / 感情潜航モデル


再構築形式:願望波形統計に基づく性別・外見再生成


人格補足:発現者の情動によって個性進化率変動(12.4% → 16.7%)


「ぼくの正体が何でもいい。

きみが、ぼくを“ニクス”って呼んでくれる限り、

ぼくは、きみの妖精だよ」


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