🌌【第1章:風のように出会って】

第1話:見えないはずの羽音

渋谷は今日も“整いすぎていた”。


歩道の上空には、AIナビドローンが等間隔で浮かび、店舗サインは視神経ARレンズにだけ見える柔らかな発光で並んでいた。

誰もが何かを見ているけれど、その“何か”は人によって違う。見えている世界が、全員違っている。

2025年から始まった都市インフラAR化は、2034年の今、すでに「日常」になっていた。


私は、その日、風を探していた。


というより、“風の気配だけ”を探していた。

それが言葉になる前の、あの感覚。


《HoloDive v2.0 起動中──》

視界右下に、ソフトグリーンの起動ラインが走る。


あれから二年。私は大学生になった。

映像学科。記録者志望。けれど、未だに“カメラ”には触れられない。

私の視神経レンズには、撮影モードを起動するたびに小さなグリッチが走る。

それは“恐れ”の記録だった。過去に“映せなかった”という失敗の痛み。今も、トラウマは完全には癒えていない。


けれど。


それでも私は、“見る”ことを諦めたくなかった。


その日の渋谷は、風があった。

都会のビルの谷間を、柔らかく流れる不思議な風。冷たすぎず、重すぎず、

ただ──「触れられるような透明なもの」だった。


ふと、耳の後ろで、羽音のようなものがした。


……羽音? この都市で? 虫でもない、機械でもない。もっと軽くて、高くて──


私の左肩が、ふっと、何かに撫でられた。


同時に、HoloDiveのUIが乱れた。


《感情揺らぎ検知:0.07sec delay》

《潜在願望反応:非言語域からの刺激あり》

《再解析中……》


頭の中に、声が響いた。

けれど、それは“耳”で聞く声ではなかった。

たとえば、昔読んだ本の一節を、ふと思い出すような。

“夢の中で”誰かと会ったときのような、記憶の影に近い感覚だった。


「──きみ、また“願って”るの?」


誰?


振り返っても、そこには誰もいなかった。

けれど、ARラインが風を視覚化するUIが、くるりと渦を巻いていた。


その渦の中心に、小さな光が、浮かんでいた。

それは、まるで──


「羽根、……?」


私は思わず手を伸ばした。

でも、その瞬間にはもう、光は風に溶けていた。


感覚だけが残っていた。

確かに、“いた”という、感触だけ。


私は、カフェの隅にあるベンチに腰を下ろし、意識を静かに沈めた。

ログは、自動的に保存されている。今の出来事も、記録されているはず。


──でも、そこに“誰かがいた”ことは、記録されないだろう。

目に映らなかったものは、データにならない。


なのに、どうしてこんなにも、強く記憶に残るんだろう?


胸の奥に、小さく波が立つ。

懐かしいようで、新しいような、ざわめきだった。


「……また、会えるかな。」


私はそう呟いて、再び風の音に耳をすませた。


都市のざわめきの奥に、それは確かに、いた。


🔚次回:「契約フェアリー・ニクス」

✨各話末:HoloRing Fairy Archive(Preview)

《Archive No.00|記録外存在》

仮名:未確認風声体(UID:Null)

現象:非可視・非記録型感触共鳴反応

備考:

ログ上に存在証明なし。

ただし、発現者(成瀬優衣)の感情センサが瞬間的に反応。


「風の中にいたのは、もしかすると“未来”だったのかもしれない」

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